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2016年7月13日 (水)

石原裕次郎の「あじさいの歌」をYouTubeで…

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 石原裕次郎主演映画『あじさいの歌』(昭和35年、1960年)の主題歌「あじさいの歌」をYouTubeで聴くことができます。

 「あじさいの歌 石原裕次郎 NY - YouTube」をクリックしてみてください。

(https://www.youtube.com/watch?v=96ewjERV9H8)

 石原裕次郎のしびれる歌声が聞こえてきますよ。

 ええっ、これが裕次郎の声?

 あれれ、こんな声だったかなあ。

 もうわが輩も過去の人になってしまったようです。

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2016年5月18日 (水)

5月20日(金)の午後8時からのNHK総合テレビは「阪神VS.広島」のプロ野球中継… 歴史秘話ヒストリアは?

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 あれれ、NHKテレビの番組変更?

 5月20日(金)午後8時からは歴史秘話ヒストリアの放送予定だとスケジュールに入れていました。「京都で旅する地獄と極楽」です。楽しみにしていたんですが、この枠にプロ野球「阪神VS.広島」戦が入っているではありませんか。

 ええっ、こりゃあどうしたことかと驚きです。歴史秘話ヒストリアは待ち構えていた番組ですし、プロ野球阪神タイガースの一戦は見逃せないのです。

 そうなんです。中国地方では鳥取県と島根県は別番組だそうですが、岡山県や広島県ではこのカードの視聴率の高さを見込んでの番組編成のようです。皆さんの地域ではどうですか。

 プロ野球中継はうれしいです。阪神タイガースの熱烈ファンであると同時に広島カープも応援しているわが輩にとっては、大歓迎です。

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 しかし、歴史秘話ヒストリアの大ファンでもあります。この番組の新キャスター・井上あさひアナのファンでもあるんです。おっとっと、井上さんはカープ女子なんですね。広島放送局時代があったようで、広島カープのキャンペーンガールだったようです。

 今回予定されていた歴史秘話が近いうちに放送されるのを首を長くして待っています。いえ、新聞やテレビに載せられる番組表と首ったけになるとしましょうか。

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2016年5月17日 (火)

”AKB48”がNHK歴史秘話ヒストリア「愛と悲しみの大奥物語」に登場

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 歴史情報番組に若い美女、それも”AKB48”が次から次へと登場するなんて、NHK始まって以来のことではないですか。まあ、見たことのある顔が映し出されるんです。4月からリニューアルされたNHK歴史秘話ヒストリアの「愛と悲しみの大奥物語」です。

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 江戸城の大奥。そこは夢と希望の場であるとともに嫉妬の渦巻く女の園でした。

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 案の定、大奥最大のスキャンダルが勃発しました。貧乏旗本の娘から大奥のトップ・御年寄りへ上り詰めた江島は、歌舞伎役者の生島新五郎と情を通じたと事実無根の疑いを着せられてしまったのです。その結果は遠流(おんる)です。

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 江島を演じたのはAKB48の上西恵です。懐妊した月光院に取り立てられ、出産してからは大奥トップの大年寄に抜擢されました。となれば、ねたみが渦巻きます。

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 月光院は白間美瑠です。六代将軍徳川家宣(いえのぶ)の側室ですが、世継ぎの男児を出産して七代将軍家継(いえつぐ、4歳で即位)の生母となりました。

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 天英院を演じたのは山本彩です。六代将軍の正室です。将軍との間に生まれた二人の子は早く亡くなってしまいました。これではおだやかではありません。

 そのほか、井尻晏菜、植村梓、大段舞依、岸野里香、植田碧麗、太田夢莉、上枝恵美加、城恵理子、須藤凜々花、中野麗来、村瀬紗英、山尾梨奈、内木志、松村芽久未、矢倉楓子、吉田朱里などAKB48の面々です。

 まあ、歌番組で見かけるような華やかなステージではありません。しかし、NHKの仕掛けた豪華絢爛たる大奥にはお似合いでした。繰り広げられる愛憎劇を演じるひたむきな姿には感銘を覚えましたよ。

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2016年5月16日 (月)

NHK井上あさひアナが「歴史秘話ヒストリア」の新キャスターに登場

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「歴史。それは、絶え間なく流れる大きな川。その中のキラリとした一滴を”秘話”と呼びます」

 そんなナレーションで始まるNHK「歴史秘話ヒストリア」なんですが、大きくイメージチェンジです。この4月からキャスター(案内人)が渡邊あゆみアナから井上あさひアナにバトンタッチされています。

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 この番組は金曜日の午後8時からの放送です。セットも一新されています。これからのラインアップは、5月20日「京都で旅する地獄と極楽」、6月3日「熊本城」、6月10日「新撰組」、6月17日「古墳」です。さて井上さん、どんな案内をしてくださるんでしょうか。

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 井上さんは岡山県出身ですので同郷の親しみがあります。玉野市立荘内小学校、荘内中学校、岡山高等学校を経てお茶の水女子大学文教育学部卒業後、NHKに入局されています。「ニュースウオッチ9」でお馴染みだったんですが、昨年春から京都放送局へ異動されていたので全国ネットではお目にかかれませんでした。そんな折、歴史秘話キャスターに起用されたのです。

 わが輩が好きなのは、彼女の声です。発音が明瞭です。堂々としています。ということは、話している内容がよく伝わってくるということです。

 えっ、年齢? 二十代後半のようです。ちょっとだけ気になります。生年月日は1981年7月17日です。ええっ、何なに?

 あとは計算しないことにします。

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2016年5月 1日 (日)

NHK BSプレミアム風雲!大歴史実験「源平壇ノ浦の戦い~源義経 おきて破りの真実~」 再放送

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 源義経ひきいる源氏軍は「おきて破り」によって平家軍を倒したのではないか? そんな仮説による歴史大実験がNHK BSプレミアムで再放送されます。風雲!大歴史実験「源平壇ノ浦の戦い~源義経 おきて破りの真実~」です。

 5月4日(水)15時30分~16時59分です。5月ゴールデンウイークの最中です。

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 今回は再放送ですが、前回3月18日の本番ではこんな声がありました。

0 ずいぶん手の込んだ実験だなあ。壇ノ浦の潮の流れが変わったのも一因でしょうけど、それだけではなかったというのには驚きです。

0 源義経はルール違反をしたのでしょうか。組討ちはおきて破りになるのでしょうか。義経が悪者扱いされているような印象を受けました。

0 番組の最後に竹内流の組討ちが登場しますが、時代が違い過ぎてはいませんか。

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 3番目の意見について、当事者としてコメントします。

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 そのとおりです。竹内流は天文元年(1532)に美作国一ノ瀬城主竹内中務大輔久盛によって創始された武術です。壇ノ浦の合戦から350年も経った戦国時代生まれです。時代は全然違います。それから現在まで更に485年も経っているんですが、竹内流は腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)などの組討ちを今に伝えています。

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 この組討ちとはどんなものなのかをイメージしていただくために竹内流が登場しているのです。いわば、組討ちのイメージ映像です。竹内流は元々狭い山間部での戦闘に有利な組討ちです。となれば、壇ノ浦の戦いでは接舷移乗戦が行われていますので、狭い船上や船内では長い打物(うちもの)を振り回すよりも組討ちの方が有利だったのではないかという発想です。しかし、そこはかなり省略された感がします。

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 源平壇ノ浦の戦いを境にして平安時代から鎌倉時代へと世の中が変わっていきます。

 それからもう800年以上も経っているんですねえ。

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2016年3月26日 (土)

源義経のおきて破りの真実… NHKBSプレミアム「風雲!大歴史実験」のゲストが…

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 「源平 壇ノ浦の戦い」がやっと決着しました。えっ、ああ、放送後のレビューです。少し長すぎたかなと反省!

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 この番組にゲスト出演したのは次の3人です。

0俳優の高橋英樹さん

0タレントの喜矢武ちあきさん

0歴史学者の本郷和人さん

 司会はNHKの徳田章アナウンサーです。

 おもなコメントを走り書きしてみます。

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◇徳田…壇ノ浦の勝敗を決したのは、水夫討ちに象徴されるおきて破りの戦い?

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◇喜矢武…非戦闘員で服しか着ていない人を射るというのは普通だったらできませんよ。それができちゃうというのは、だいぶ追いつめられた情況なのかなと思います。痛々しい実験ですね。

◇徳田…平家物語には記述があるんですか?

◇本郷…水夫(かこ)、梶取(かんどり)を射よと義経が命令したあります。梶取というのは舵取りのことです。

◇喜矢武…源氏が水夫を討ちだしたら平家としても相手の水夫を狙いましょうということになると思うんですけど、そういった戦いにはならなかったんですか。

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◇本郷…一つの考え方としては、平家のプライドを最後まで捨てなかったんです。それから、平家は物量が足りなかった。もう矢がなくなった。矢を打つこともできなくなったんです。

◇高橋…刀折れ、矢尽き…

◇本郷…単に勝つ、負けるではなくて、武士の美しさみたいな、ルールみたいな…

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◇高橋…この辺から戦いのしかたというのは全面的に変わっていきます。甘いこと言ってられないよ、冗談じゃないよ、という時代に入っていきます。

◇喜矢武…時代が変わっていく中で、切り開くって、新しいことをする人だと思います。今回は、ルールというものが今までと変わってしまって、人を殺めることになってしまったりしたので、後悔とか悲しい思いをした人もたくさんいると思います。ルールというものがないと世の中は駄目なんだと、改めて感じました。

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◇徳田…戦とはいえ、ルールがあった時代とそれが変わってきた時代とがありますが…

◇高橋…戦はやっぱり悲惨なものです。ですから、とにかく勝たなければ、負けたのでは駄目だと義経自身が考えたのではないでしょうか。

◇本郷…義経はこのあと、悲劇的な最期を遂げますね。それはどうしても引っかかります。こういうことと無関係ではなかったのでは。

◇高橋…義経の行為を快く思わなかった源氏の人たちもいるみたいです。

◇本郷…源頼朝殿について行けない奴は俺について来いと、あとで義経は反乱を起こすでしょ。そのとき、誰もついていかなくなりましたね。

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 ああ、そうか、義経に寄り添ったのは弁慶でした。

 このあと、時代は変わっていきます。戦いの様相も大きく変貌します。

 それにしても、潮流説が主流だった源平 壇ノ浦の戦いを大実験で確かめるなんて、度肝を抜く番組でした。

 NHK BSプレミアムのファンになりましたよ。

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 画像は NHK BSプレミアムの番組から引用しました。

 ありがとうございました。

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2016年3月25日 (金)

「源平 壇ノ浦の戦い」に竹内流の組討が登場した不思議… BSプレミアム風雲!大歴史実験

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 源氏軍は、壇ノ浦の戦いで接舷移乗戦を優位にしました。それは武家相撲のたしなみがあったからではないかと番組では想定しました。

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 えっ、武家相撲?

 『曽我物語』や『古今著聞集』には相撲の描写があります。しかし、現代の相撲のイメージとは異なっています。戦場での組討ちを想定した、実践的な武家相撲です。

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 しかし、ここで難題が降りかかります。武家相撲なるものが現代には存在しないのです。そこで、組討ちとはどんなものであるかをイメージするための武術を探しました。そこで的の矢が当たったのが竹内流(たけのうちりゅう)です。

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 竹内流は今から485年前の天文元年(1532)に竹内中務大輔久盛が編み出した古流武術です。戦国時代の組討ち、捕手腰廻小具足を中核にした総合武術で、柔術の源流ともいわれています。

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 壇ノ浦の戦いは元暦2年(1185)のことですが、それから350年ほど経った群雄割拠の戦国時代に編み出された古流武術・竹内流(たけのうちりゅう)が岡山県の竹内家に伝わっています。古くからの組討ちの技法を今に伝承しているのです。

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 そこで大実験ならぬ、大公開です。

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 合戦と言えば長い槍で突いたりや太刀で斬り倒したりするイメージを浮かべます。いわゆる長物戦(ながものせん)です。

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 しかし、敵の胸倉をつかんだり腕をとったりして組み伏せる武芸があります。組討ち戦です。手柄を上げるためには敵の首を取ります。鎌倉時代や室町時代にはこのような組討戦が行われていました。

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 おっとっと、ここで試合をするわけにはいきません。竹内流では組討ちの型・形を伝えていますが、技を試すことは禁じています。護身のための窮余の際は別として、相手に危害を加えないのが流儀の精神です。竹内流の経験者と非経験者を格闘させることができません。

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 ああ、それで組討ちの大実験ではなくて大公開ということだったんですね。「源平 壇ノ浦の戦い~源義経、おきて破りの真実~」だというのに、時代が違いすぎると思いましたよ。組討ちのイメージ映像だったんです。

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 源義経は船の舵を取る梶取(かんどり)を討てと命令したということですが、無防備な者を討つというのはおきて破りです。また、組討ちによって敵の首を取ることが通例になっていきます。そうせざるを得ない世相になっていくのです。

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 しかし、世の中は不思議なものです。群雄割拠の戦国時代には捕手(とりて)の精神が生まれます。敵の武将を生け捕りにする術であり心得です。そのためには長物戦よりも組討ち戦の方がはるかに有利でした。竹内流はその流儀の一つです。

 義経のおきて破りは、移り変わる世相の一つの転機だったのですね。

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2016年3月24日 (木)

源氏を有利にした戦い方は「組討ち」? 風雲!大歴史実験「源平 壇ノ浦の戦い」

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 源平合戦壇ノ浦の戦いで源氏軍を有利に導いた戦い方は?

 大実験によりますと、潮流の変化が要因ではありませんでした。弓矢による水夫打ちも決定的な勝因ではありませんでした。

 では、どうして源氏軍は勝利をつかむことができたのでしょうか。

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 『蒙古襲来絵詞』は源平合戦よりも後代のものですが、元寇(げんこう)の船戦の様子が描かれています。その中に、船に乗り込んで蒙古の兵を押し倒し、首を取ろうとする武士の姿があります。鎌倉幕府の御家人・竹崎季長です。自分の功績をアピールするために描かせたものです。船上での白兵戦に勝って敵を倒し、恩賞の獲得を目指す武士の姿です。

 接舷して移乗し、自分のペースで優位に戦いを進め、最後には格闘で勝つというパターンです。取っ組み合いです。番組は、源氏軍が船上での格闘技、組討ちに強かったのではないかと想定しています。

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 そこで番組は新しい視点を設けました。源氏軍に参加した武士たちは平家にはあまり馴染みのない武芸をしていたのではないかというのです。「武家相撲」です。

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 鎌倉武士たちの間では武家相撲が隆盛していました。相手を投げ飛ばしたり肩の骨を折ったりと、戦場での組討ちを想定した実践的な格闘技です。

 壇ノ浦でも船上での戦いの最後には接近戦になっています。敵の武将を倒して首を討ち手柄をあげるためには、武家相撲のような格闘技を修錬しておく方が有利です。源氏軍はこのような組討ちの武芸に優れていたのではないかというのです。

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 おっ、ここで組討ちの大実験! というのが流れでしょうが、番組は古武道竹内流(たけのうちりゅう)の組討ちの紹介へと展開します。

 えっ、どうして? 竹内流が編み出されたのは源平合戦よりも350年も後の戦国時代です。それなのにどうして竹内流が登場?

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2016年3月23日 (水)

揺れる船上で弓矢を射る実験… 源義経はおきて破りで平氏に勝った? BSプレミアム風雲大歴史実験

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 源義経は壇ノ浦で常識破りの奇策に出ています。

 平家物語には、《船頭や水夫たちは射殺され斬り殺されて船を操作することもできず、船底に倒れ伏してしまった》と描かれています。これは、源平合戦以前のルールとは大きく違っています。

 ええっ、それはどんなルール?

〔第一〕約束した時間と場所で戦うこと

〔第二〕戦い方をお互いに相談して決めること

〔第三〕非戦闘員は攻撃しないこと

 このような一定のルールのもとで武士は戦っていたのです。まるで現代のスポーツのようです。ところが源義経軍はそんなことはお構いなしで平家軍に弓矢を射たというのです。そうせざるを得ない事情に追い込まれていたようです。

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 船頭や水夫たちは海の戦いのために雇われています。武士でもなければ武器も持っていません。そこへ弓矢を向けるというのは戦いのルールを逸脱したおきて破りだというのです。

「義経、そこまでやるのか! ああ、武士の戦い方もすっかり変わってしまった」と平知盛。

「知盛、悪く思わないでほしい。これが新しい戦い、これが新しい時代なのだ」と源義経。

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 ここで大実験です。

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 平知盛ひきいる平家の船が一艘用意されました。屈強な平家の水夫が船を漕いでいます。

 これを射るのは弓馬軍令故実武田流の3人の名人です。

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「的の方が揺れるだけでなく自分の方も揺れるので、いかに安定性を保てるかというのがポイントです」と名人。

 3人の乗る船から平家の船までは50m。普段の弓道の競技は60mですので少し短い設定です。陸上なら十分ねらえる距離なんですが、自分の船も敵の船もゆらゆらと異なるリズムで波に揺られています。

 さて、その結果は…

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 3人が放った12の矢は5つが的中しました。腰、腕、お腹、頭などに命中し、致命傷です。

 その様子は、《船頭や水夫は弓矢で射られ、船は操作することもできなくなった》と『平家物語』に描かれています。

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 今回の実験では平家の船までは50mですが、実際にはさらに近づいて戦ったのかも知れません。そうなると、弓の名人でなくても勝利を得ることができたに違いありません。

 どうやら、源義経の戦い方は従来とは相当違ったものになってきているようです。一定のルールのもとに戦うというのではなくて、新しい時代の戦法に変容していきます。その戦法は、鎌倉時代、室町時代を経て江戸時代へと大きく様変わりをしていくんです。

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2016年3月22日 (火)

後ろ向きで弓矢を射る大実験… NHK BSプレミアム 風雲!大歴史実験

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 合戦絵巻には馬上から後ろ向きで弓矢を射る場面が描かれています。でも、それは可能だったのでしょうか。先般の大実験では、馬上から真正面の的を射当てることは至難の業でした。残念ながら9発中ゼロでした。それなのに後ろ向きとなればなおさら難しくなるのではないでしょうか。

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 そこで大実験です。実験に参加するのは弓馬軍令故実武田流の3人の名人です。

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 的を通り過ぎてから振り向いて矢を射ます。

 あ、体の向きに注目です。ひねっています。後ろを振り返って弓を構えているんです。

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 実験結果は、9射のうち4射が的中しました。

 名人の話では、後ろを振り向いて射る分は意外と見やすいそうです。向かってくる的よりも過ぎていく的を見る方が視界に入ってきやすいのです。

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 弓を構えて的をねらいながら追い抜いた結果、自然と体全体をひねって射ているんです。馬の上からあらゆる方向の敵をねらうためには、日頃から馬上で体をひねる訓練を積む必要があったでしょうね。

 ここでまとめてみます。

 馬上から真横の的を射て的中できる確率はほぼ100%です。

 真正面の的に的中させる確率はゼロです。

 後ろを振り向いて的中させる確率はほぼ50%です。

 これはあくまでも3人の名人の場合ですが、こんなことが分かっていたら戦法も変わってくるでしょうね。

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「馬に乗っていて、しかも腰を自由に操るというのは一朝一夕にはいきませんよ」と徳田章アナウンサー。

「まして、鎧なんかを着ていたら重いですから」と俳優の高橋英樹さん。

 それにしても、武田流の名人があそこまで到達されているのはすごいと絶賛の声があがっていました。

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