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2016年7月12日 (火)

石原裕次郎の唄う「ひまわりの歌」 その歌詞は「花のよそおい 美しく…」

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 石原裕次郎(1934~1987)の唄う「あじさいの歌」の歌詞を見つけました。日活映画『あじさいの歌』と同名の主題歌です。昭和35年頃のことです。

  ※リンクコード:http://www.uta-net.com/song/30736/ から

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「あじさいの歌」

  作詞:滝田順

  作曲:斉藤高順

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 ♪花のよそおい 美しく

  匂うそよ風 朝霧あびて

  ぬれた瞳に 火と萌える

  心に秘めた あじさいの歌

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 ♪花の香りも かぐわしく

  かわすささやき かなでる調べ

  咲いたあじさい あでやかに

  よりそいうたう しあわせの歌

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 ♪花のさかりを 美しく

  燃える紫 ほんのり紅く

  愛のしるしを ちりばめて

  やさしくそよぐ あじさいの歌

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 おっとっと、三番のアジサイの描写は文学的です。「燃える紫」「ほんのり紅く」「愛(藍)のしるし」はアジサイの色を巧くまとめています。滝田順さんの細やかな表現に感服します。

 それにしても純情ですな。今となっては、わが輩にもそんな青春時代があったのかと、しみじみと回想する歌詞です。

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 えっ、今もアジサイを見てそんな気持ちになれるのかって?

 それはノーコメントです。お察しのとおりです。

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2011年5月15日 (日)

カラオケの極意? ええっ、それを悟ったって? まずは…

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 ああ、そうか、カラオケの極意は「歌詞」が聴く人に届くことが第一要件だな、そんなことを悟りました。

 ええっ、悟ったって、それ何?

 実は今日、建部町カラオケ連合会交流会(会場:建部町文化センター)に参加したのです。

 プログラムには151名の方の名前が載っていましたが、知っている人は20名ほどです。ほとんどの方は周辺地域からの参加者のようでした。

 久しぶりに私も「カラオケ」のステージに立ちました。曲目は山本譲二の「惚れたおまえと」です。

 「♪泣くな、嘆くな、人の世を…」

 静かに語りかけるように唄い始めました。

 「♪夜明けの来ない夜はない…」

 相変わらず静かに淡々と唄いました。

 「♪月にむら雲、花に風…」

 だんだんと調子を上げました。

 「♪ままにならないこの道を…」

 最高潮です。

 「♪惚れたおまえと…」

 語りかけるように優しく唄います。

 「♪惚れたおまえと…」

 決意をもって唄います。

 「♪俺はゆく」

 朗々と唱いました。

 極端すぎるくらいに情感を込めて唄いました。

 私なりの「歌」の解釈です。

 お陰様で、拍手がしっかりと耳に届きました。ありがとうございました。

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 そして、先ほどの「悟り」に戻ります。

 ほとんどの方の歌唱に引き込まれました。

 それぞれに研鑽を積んでいらっしゃいます。

 そのうちに、不思議なことに気づきました。ごくわずかなんですが、何を唄っているのか聴き取れない歌唱があるんです。

 あれ、これは韓国語? いえいえ、ちょいちょいと日本語が聴き取れます。

 しっかりとした声量です。いえ、大熱唱です。しかし、何と唄っているのか、ことばがわからないのです。歌詞が伝わらないのです。

 きれいな衣装を身にまとっていらっしゃるんですが、肝心のことばが伝わって来ないのです。

 惜しいなあ、あれほど本気で唄っているのに。特に演歌は、微妙なことばの表現が「いのち」です。

 そこで悟ったのが、歌詞が聴く人に届いてはじめて「うた」になるってことだったのです。

 まずは、「口型」など、発声の基本に立ち返ってみること、これがまず肝心なのですね。

 その上で、どう情感を表現するのか、と挑戦すればいいのです。

 その点では、今日の「交流会」は貴重な「おとなの勉強」となりました。

 よし、私も原点に立ち返って演歌に挑戦するとしようか。

2009年8月 1日 (土)

演歌「俺たちの春」のレッスンに挑戦! 作詞・作曲・歌唱:山本譲二

 山本譲二の歌が好きです。日本演歌道場の歌謡教室では2曲に挑戦しました。

 「惚れたおまえと」(作詞:たかたかし、作曲:弦哲也)の歌唱は、遠藤実先生から名人を認定されました。 

 「花も嵐も」(作詞:たかたかし、作曲:弦哲也)の歌唱は、いではく先生から師範代一段階を認定されました。

 どうやら、山本譲二の歌が私にぴったり合っているようです。歌詞、曲の雰囲気が私の体質に合うようです。

 そこで今挑戦を始めたのが「俺たちの春」なんです。

 作詞・作曲は山本譲二です。もちろん歌唱も山本譲二です。編曲は伊戸のりおですが。

 まずは、題名に惹かれます。「俺たち」なんです。

 山本譲二と誰なんでしょう? 多分、奥様でしょうね。いえ、そう断言しなけりゃ。

 私の場合は? まずは連れ添いでしょうね。愛妻と呼んでいた時代もあったんですから。

 えっ? マドンナ? 誰です、そんな横槍を入れるのは。

 山本譲二は、その「二人の春」を作詞・作曲し、自ら歌唱しているのです。

 まずは、歌詞が気に入りましたね。

 第一は一行目。山坂を越える際に「お前の手をかりて」という表現に泣かされます。連れ添いの手なんです、助けられたのは。

 第二は二行目の「疲れてないか」と問いかける場面。山本譲二の優しさを感じます。この個所は、歯切れのいい言葉で、優しく語りかけるように歌唱したいと思います。

 第三は「背負った苦労」を「しょったくろう」と歌っていますが、汗臭さ、泥臭さ、涙目を感じます。それが「七坂峠」だというんです。文学的な表現です。

 第四は最後の二行です。一番、二番、三番共通で、繰り返しです。「ああ春が来る」と感動しています。「俺たちの春が」と強調しています。「いつかは必ず花も咲く」と夢をプラス思考で実現させようとしています。

 第五は越える山坂の様子を音程に表現している点です。「やまさーか」は「高高低中中」です。「はるがくる」は「高高低中中」です。「低」の音程をどう表現するかによって「俺たちの春」の雰囲気はがらりと変わってしまいそうです。

 師匠は藤田健二先生です。遠藤実先生の愛弟子です。キーをマイナス1に設定して、レッスン開始です。

 さて、山本譲二の「俺たちの春」とは一風変わった、竹内たけおの「俺たちの春」が誕生するでしょうか。

2009年7月17日 (金)

たかが「ヘッドホン」と侮るなかれ 修理代が要るんだ

 ヘッドホンには本当にお世話になっています。感謝です。

 というのは、我が家ではカラオケ音は禁物だからなのです。その打開策はヘッドホン着用だけに限られるのです。

 愛用のヘッドホンは、「オーディオテクニカ」のATH-A55です。この機種は今では市販されていませんが、アートモニターヘッドホンの一種です。もちろん密閉ダイナミック型です。

 4-5年前に音質のよさとイヤパッドのソフトレザーの感触がよかったので、デオデオで購入した品です。当時は高価な買い物という感じでした。

 このヘッドホンの右側が時々音が途切れ始めたのです。ヘッドホンの付け根のコード部分に亀裂が入って、少しだけですが折れ曲がっていました。

 その部分をこちょこちょとうごめかせると調子よくなりますが、しばらくすると音が途切れがちになります。

 理由がわかりましたので自前で修理を始めたのですが、素人では一筋縄にいかないのが精密機器の宿命です。

 デオデオに相談しました。無償扱いになるか有償扱いになるかはメーカーに送ってから返事をするとのこと。

 電話で返事が来ました。

有償!

 内部の故障ではなく、外部の力による断線なので有償ということでした。

 たかがヘッドホンと侮っていた自分を恥じました。修理代が要るのです。

 コードの付け根部分とコード部分は繰り返しの使用によって折れ曲がり、やがては断線することは容易に想像できます。不可抗力ですので、修理をお願いしました。後で分かったのですが、コードの部品交換の処置でした。

 修理伝票には次のような修理内容が記されていました。

〔故障タイミング〕 常時

〔故障状況〕 接触不良

〔故障原因〕 断線

〔処置〕 部品交換

〔使用部品〕 コード

 実に分かりやすい説明です。

 料金は2,782円でした。

 新品を購入するよりは安いと、一応納得はしています。

 しかし、自然のままの断線であれば、天下のメーカー「audio-technica」やお得意店「デオデオ」は無償で修理してもよさそうになあ、そんなことを思っています。まして、5年間の保証期間内なのですから。

 皆さんはどう思われますか。

2009年6月 6日 (土)

「剣山」はポルタメント歌唱法で!

 今日は日本演歌道場鶴田教室のレッスン日でしたが、今、北山たけしの「剣山」(つるぎさん)に挑戦しています。作詞:麻こよみ、作曲:原譲二、編曲:前田俊明です。

あめエかぜエたえてエー

 この出だしの歌詞は、まさに私の人生を象徴しているようです。好きな言葉のひとつです。この演歌に挑戦してみようと思った最大の理由です。

 そして、北山たけしが北島三郎の門下であること、これが第二の理由です。なぜかしら、北島三郎の歌が好きなのです。当然のように、そのゆかりの人だったら気が引かれのです。

 今日は三回目の個人レッスンですが、感情等の解釈はすでに学習済みです。何とか歌えるようになっているのですが、講師の藤田健二先生はまだまだ勉強が必要だと、新たな課題を出してくださいました。

 楽譜に赤ペンで記号をびっしりと書き込んで、ポルタメント歌唱法でこの「剣山」を歌うことを薦めてくださったのです。

 その記号をよりどころに歌ってみましたら、「よし、できる、できる」と励ましてくださるではありませんか。つい、調子にのってしまいました。

 この次のレッスンはポルタメント歌唱法で歌う「剣山」です。北山たけしの真似は絶対にするなという強いお達しです。竹内たけおの歌を歌えとおっしゃるのです。

 さて、どんな味の演歌になるのでしょうか。「一曲入魂」です。

2009年5月29日 (金)

演歌の「詩の理解」は感性で!

♪「乱れ黒髪ひと筋抜いて そっと貴方の指に巻く」(「宿時雨」作詞:木下龍太郎)

♪「あなただけです許した人は」(「笛吹川」作詞:麻こよみ)

♪「添えなけりゃ叶わぬ夢のままでいい」(「風花の恋」作詞:吉岡治)

 こんな経験がないので感情を込めて歌えません。ある程度演歌が歌えるようになった人の中にこんなことを言う人がいるそうです。高野公民館(岡山県津山市)で日本演歌道場の師範勉強会があったのですが、その冒頭で藤田健二先生がこんなことを話されたのです。

 作品の中には、自分の人生とぴったりと重なり合うものがあります。逆に、自分の人生と重ねようと思っても違和感ばかりというものもあります。むしろ、後者の方が多いのが現実です。

 そんなときこそ、何度も繰り返して読み、自分の心の中に情景や場所、時間、季節、別れ、新しい出会い、再会など、いろんなことを思い描き、表現していくことが大切です。そんなことを熱く語られました。

 各人に個性があるように、作品にも個性があります。それを理解するのは各人の感性です。その感性による解釈によって、歌の味が異なってくるのです。

 伍代夏子が歌う「金木犀」(作詞:麻こよみ、作曲:水森英夫)の歌詞を例にして、参加者が意見を出し合いました。実に多様な解釈が出てきました。

 私はこんな発言をしました。著作権法に抵触しますので歌詞を紹介するわけにはいきませんが、最低限の歌詞だけは発言の中に取り入れさせていただきます。

この「金木犀」は静かな情景の歌です。「路地にこぼれる金木犀の香りに揺れる面影よ」の出だし部分ですが、これは夜です。金木犀の香りのただよう季節が今年もやってきました。あの頃、あの人と激しい恋におちいりました。激しいラブラブでした。その人の面影が浮かんできます。

もう、一年も待ちました。この調子ならば、三年でも待つことができます。あなたを信じて待ちます。私の心の中には、恋灯りがともっているのです。

つまり、静かな情景の中に、女の激しい情念を歌ったものではないでしょうか。

 今、作詞者の麻こよみさんに知られたらどうなるのだろうと心配しています。自分流の勝手な解釈を勉強会で紹介し合っているのです。

 藤田先生が、「青春の城下町」(作詞:西沢爽、作曲:遠藤 実 昭和39年)の歌い方について、遠藤実先生がこんなことをおっしゃっていましたと、次のような話をしてくださいました。

 「青春の城下町」には具体的な城の名前は出てきません。遠藤先生は、聞いている人の心で場所を設定してください、こんなにおっしゃっていましたよ。ことばを換えれば、歌う人の心で場所を設定して歌えばよいことになります。

 その人の心の中の城下町。あえて場所を設定しなかったところに、演歌の味があるように思えますね。

2009年4月 4日 (土)

感情表現たっぷりの「花も嵐も」を!

 「遠藤実先生追悼記念 段位認定発表会」(入場無料)が、平成21年4月12日(日)、建部町文化センター(岡山市北区建部町建部上)で開催されます。日本演歌道場岡山美作支部の主催です。もちろん、日本演歌道場は、昨年急逝された作曲家遠藤実先生が立ち上げられた日本有数の歌謡教室組織です。

 歌唱アドバイスをしてくださるのは、作詞家いではく先生です。昨年までは遠藤実先生といではく先生の二人三脚でした。この二人の先生はあの大ヒットした「北国の春」を作詞・作曲されたコンビですが、今回は、遠藤実先生を追悼しながらの段位認定発表会となります。

 私は「花も嵐も」(作詞:たかたかし、作曲:弦哲也)を歌唱します。山本譲二が歌うあの演歌です。出番は午後2時ごろです。

「この歌は竹内さんの十八番(おはこ)!」 

 レッスンをしてくださる歌謡教室の藤田健二先生はそうおっしゃいます。そんな風に評価されたのは初めてです。が、気をつけなければならないのです。

 声がよく伸びると仲間の方々からも評価されています。しかし、調子に乗って朗々と歌うわけにはいかないのです。そうしたいのが本音なのですが。

 声を張り上げすぎると歌が壊れてしまうらしいのです。自分だけが満足した歌になるのです。独りよがりの歌になってしまい、聴く人に苦痛を感じさせてしまうというのです。

 藤田先生からは、レッスンのたびにこんなことを諭され、特訓されています。

「何よりも感情表現が一番」

 遠藤先生にも、いで先生にも、そんなアドバイスを受けています。今は、感情表現が私の最大の課題のようです。

「だいじなことは一つ。山本譲二の真似は絶対にしないことあくまでも竹内たけおの歌に徹すること。竹内たけおが歌う『花も嵐も』を楽しみにしています

 これが藤田先生の最終のアドバイスです。

 あっ、本番は1週間後。

 さて、その成果は?

 

2009年4月 3日 (金)

マイクを持たない男が遠藤実先生門下!

 一度信じたものはなかなか消えません。あの男がマイクを持ってカラオケをするなんて信じられない。そんなドキュメントがあったのを、今、思い出しています。

 もう、10年くらい前になるでしょうか。地元の大先輩、森下茂亭木さんが教育長室へやってこられました。

「教育長、カラオケをしてるって、本当か?」

 息せき切ってそうおっしゃるのです。

「わしはカケをしたんじゃ。教育長がカラオケをするはずはない。マイクを持って歌ったのをいっぺんも見たことがない。講演やあいさつでマイクを持ったのはなんべんも見たがのう」

 大まじめなのです。

 私は、自分が歌うことは話題にしたくありませんでした。

カラオケは遠慮ばかりです。歌いたくないんです。歌えないんです。それで、…」

 話が途切れました。

「それで?」

 森下さんが催促をします。

歌うことが大の苦手だったんで、なんとか歌えるようにならないだろうかと。だから、…」

 再び話が途切れます。

「だから?」

 森下さんがのぞき込まれました。なんと、顔のしわの大きいこと。

「演歌を習い始めたんです。人前でマイクを握るのは、震えるんです。でも、…」

 それが事実でした。できることならマイクは握りたくない。当時はそれが真実でした。

「そうか、そうだったのか。地元の者が言うておったのが本当か」

 森下さんは少々がっかりされたようでした。

遠藤実先生が主宰されている『日本演歌道場』へ入門(平成9年12月)し、ざっそう教室の藤田健二先生の指導を受けています。初めのうちは楽譜どおりに歌うように指導されました。そのうち、私の声の質を見抜かれたのでしょうか、私の声に合わせた指導をされました。少々もげても、少々音程がはずれても、大らかにレッスンしてくださるのです。もちろん、個別指導です。時には、ほかの人に教えることとは真反対のことをおっしゃりながらレッスンされるのです。そんな藤田先生の教え方にぞっこん惚れ込んでいます」

 そんなに答えたのですが、森下さんは空耳のようでした。じっと考え込まれていました。

人は見かけによらんなあ。マイクを持ってカラオケをする男とは思ってなかったんじゃが

 相当落胆されておられました。どうしたらいいのやら、私のほうがうろたえます。実は…。

 そうなんです。私はマイクは持ちたくなかったのです。それが本音です。子どもの時分から、歌うことが大の苦手だったのです。

 そんな男が、今は亡き杉山武志さんの一言で変身することになったのです。藤田先生の教え方が私にそっくりなので一度レッスンを見学されて参考にされては、そんなに勧められたのがきっかけでした。ミイラ取りがミイラになるということわざがありますが、「まさか」が「まさか」になりました。こんな縁で、演歌道場に入門することになってしまったのです。

 以来、私は変わってしまいました。マイクを持たなかった男が、年一度なのですが、遠藤実先生に直接お会いして、演歌を歌って、直にアドバイスを受けるようになったのです。

 我ながら不思議です。今では、人前で堂々と演歌を歌うようになりました。

 こんなことって、あるのですね。