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2016年5月の記事

2016年5月31日 (火)

「笑点」新メンバー・林家三平の初大喜利は? ”笑点新漢字”に挑戦…

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 「笑点」(TBS系)は51年目のスタートです。六代目となる新司会者は春風亭昇太さんです。

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「出ていく人もいれば入ってくる人もいます。そこで今回は”笑点新漢字”、”入”を偏に使った新しい漢字を作っていただいて、読み方を発表してください」

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 三遊亭円楽さんがトップを切ります。

「マル秘に”入る”をもって”パナマ文書”」

 なあるほど、座布団一枚です。

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 新メンバーの林家三平さんが手を挙げて指名されると、円楽さんが「こういうふうにやるんだぞ」とうながします。

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 さて、三平さんはどんな笑点新漢字を作ったんでしょうか。

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「”入る”偏に”竹”で”かぐやひめ”」

 うまいっ! きれいです。座布団一枚です。

「やったあ!」

 喜んだ三平さんは座布団をもらうと「ありがとうございます」と初々しくアタマを下げました。

 三平さんは次から次へと手を挙げます。初大喜利ですので、ほかの大喜利仲間はパスして三平さんだけのものを紹介してみます。

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「”入る”に”おばさん”で”男子トイレ”」

 これは座布団なしです。

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「”入る”に”三”で”三平入りました”。どうぞよろしくお願いします」

 アタマを下げて礼をして座布団一枚。

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 まずは順調な滑り出しですな。

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2016年5月30日 (月)

「笑点」(日本テレビ系)の新メンバーは林家三平! 「水戸黄門」(TBS系)のちゃっかり八兵衛役もやったことが…

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「大喜利を始める前に、ぼくが今まで座っていた所があいてますから、そこがだれかという話です。ここに、だれか、新メンバーが入るわけですよ」

 笑点六代目司会者の春風亭昇太さんの言葉が終わらないうちにメンバーから声が飛びます。

「ここ?」

 三遊亭円楽さんの声が目立ちます。

「初登場から座布団がないってこと?」

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 そうなんです、5月22日放送の「笑点」(日本テレビ系・生放送)で第五代司会者桂米丸師匠から全員が座布団を取り上げられていたんです。したがって、新司会者になった春風亭昇太さんのいた席にはもちろん座布団がありません。ということは、新メンバーの席には座布団がないことになります。

「それでは皆さん、お待ちかねです」

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 おっ、新メンバーの登場です。

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三平「笑点のえら~い人から今日までしゃべっちゃだめだよとずうっと言われて我慢してきました。ですから、うちの佐智子、嫁も知りません。どうぞよろしくお願いします。三平です」

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 何なに、「三平」? どっかで聞いたことのある名前です。あの「林家三平」? いえ、それにしちゃあ若すぎます。あ、そうか、初代林家三平の次男です。平成21年(2009)3月に三平を襲名、前名は林家いっ平です。昭和45年(1970)12月生まれですので、45歳です。

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 黒い着物姿です。すかさず三遊亭円楽が突っ込みます。

「着物の色は?」

 司会の三遊亭昇太がこれを受けます。

「これから決めるんじゃないですか」

 しかし、円楽はずばりと言ってのけました。

「ブラック団でいいよ」

 ブラック団というのは、円楽を団長にして、春風亭昇太や林家たい平を団員として結成されている笑点大喜利コーナーのグループのことです。つまり、黒の着物にひっかけて、グループに誘い込んでいるのです。

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 口上で「佐智子、嫁も…」と言っていますが、TBSの時代劇『水戸黄門』のちゃっかり八兵衛役(第40部~43部)で共演していたときの女優・国分佐智子さんです。奥さんをネタに担ぎ出す魂胆が見え隠れしています。

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 さて、三平ってどんなキャラを発揮するんでしょうか。

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2016年5月29日 (日)

新司会者春風亭昇太初めての第2515回「笑点」(日本テレビ系)では裏話が…

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「さ、皆さん、お待ちかね、笑点大喜利の時間がやってまいりました。そして私が、新しい司会者・春風亭昇太です。どうぞよろしくお願いいたします」

 六代目春風亭昇太さんのあいさつです。

 司会に決まった途端に何かおごれと言い寄った旧メンバーのあいさつです。新司会者の選考過程の思惑がにじみ出るでしょうか。

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《三遊亭小遊三》

 新しい司会者、そして新メンバー、手前どもはちょっと前に知らされていたんでございます。もちろん、極秘ですよ、こりゃあね。知っていることをしゃべれないというくらい辛いものはありませんね。あんとき、現金積まれりゃ、また話は別だったんですけど。沈黙は金でございます。小遊三でございます。

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 やっぱりな。それにしても、うまく知らんぷりを演じるもんだなあ。

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《三遊亭好楽》

 いやあ、珍しいこともあるんですね。うちの息子・王楽がね、今日スケジュールをあけていて、ここに座るってことになって、親子でメンバーになれるんだなあと思ってたら新幹線で名古屋へ行っちゃったんですよ。どこへ行っちゃったんだろうね。だれなんだろうね。行楽です。

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 息子の三遊亭王楽は好楽とはもちろん親子なんですが、五代目三遊亭円楽を師匠にしていたために兄弟弟子でもあるんです。

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《林家木久扇》

 あたしね、最近、こんなにどきどきしたことないですね。新しいメンバーが、あたしの隣に来るんですね。私が初めて笑点に入れていただいたみたいな新鮮な気持ちでございます。木久扇です。

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 いつまでも新鮮ですね。えっ、70年以上も若返ってる? わが輩と同じですな。

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《三遊亭円楽》

 先週来、会う人がみんな司会になれませんでしたねという、まるで、好楽さんが円楽になれなかったようなんですけど、大丈夫です。いつでも変わる準備はしていますから。さらに新メンバーはうれしいですね。もうすでにブラック団に入ることが決まっておりますよ。徐々にブラック団が占めていく、つまり、私が司会者(春風亭昇太)を含めてたい平もそうですが、ふぃふさーです。円楽です。

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 巷では第一候補者としてピーチクパーチクだったんですがね。ブラック団は円楽を団長にして、春風亭昇太や林家たい平を団員として結成されている笑点大喜利コーナーのグループです。結成当初はヤングチームと呼ばれていたようです。

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《林家たい平》

 聞いた話なので定かではないんですけど、最近、円楽師匠のうちの近くに行くとおうちの中から「昇太、カチン」「昇太、カチン」という音が聞こえてるらしいんです。昇太さん、体には十分気をつけてください。たい平です。

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 こりゃあ、ブラック団の一員ですな。円楽も昇太もたい平もグループです。まあ、仲間への発信だから許されるんでしょうね。

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 ここで司会の昇太さんが懸案事項を持ち出します。

「続いては、今、”山田さん”と呼ぶかそれとも”山田くん”と呼ぶか迷っている座布団運びのごあいさつでございます」

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《山田隆夫》

 今、昇太さんがぼくのことを”さん”と呼ぶか”くん”と呼ぶか迷ってるってね。じゃあ、思い切って、”山田せんせい”でお願いします。ばんざーい! 山田隆夫でーす。

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 まあ、奇抜な駆け引きですね。でもねえ、会場からもメンバーからも、笑いはおこりませんでした。座布団運びでなくて”笑い運び”にならなきゃ! いや、それじゃ「笑点」が成り立たないって? ああ、やっぱり今のままでいいんですよ、山田くん。

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 いよいよ、空席となっている場所へ新メンバーが登場します。

 おっとっと、なかなか出てきません。次のブログをお楽しみに!

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2016年5月28日 (土)

日本テレビ「笑点」で座布団剥奪9枚という不名誉記録保持者は?

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 「笑点」(日本テレビ系)といえば座布団です。座布団10枚ですてきなごほうびです。

 「キクちゃん」こと林家木久扇さんはなかなかそうはいきませんが、桂歌丸師匠のあとを引き継ぐ春風亭昇太さんは、座布団10枚を達成したことが4回もあります。

 それはそれでうれしいことなんですが、座布団を剥奪されるのも笑いを誘って楽しいものです。

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 ところが、一度に9枚も剥奪されることってあるのでしょうか。あるのです。昇太さんがその最高記録を保持しています。一度に9枚の座布団を剥奪されるという不名誉な記録(最高記録)です。

 どうして? それは司会者・歌丸師匠に対してきつい毒を吐くからなんです。時折、歌丸罵倒ネタを言い放って笑いを誘うんですが、あと一枚で頂点に登りつめる直前で座布団を全部剥奪です。

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 「笑点」司会者は歌丸師匠から昇太さんへバトンタッチされました。今度は、新司会者が座布団を剥奪する番です。さて、座布団9枚が一度に剥奪されることってあるのでしょうか。ひょっとすると、三遊亭円楽師匠の毒舌?

 楽しみです。

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2016年5月27日 (金)

「笑点」冒頭の大喜利メンバー自己紹介 「笑点 歌丸ラスト大喜利スペシャル」では複雑な心境を…

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 笑点冒頭の大喜利メンバーのごあいさつ・自己紹介は毎回ユニークなものが飛び出します。5月22日放送の「笑点 歌丸ラスト大喜利スペシャル」は少々違っていました。桂歌丸師匠の勇退を記念する番組ですからね。

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《三遊亭小遊三》

 笑点50年、噺家65年、人間80年、まさに生き仏、即身仏です。合掌、…合体。小遊三でございます。

《三遊亭好楽》

 あたしの好きな映画んい「さらば愛しき人よ」という素晴らしい映画がございました。さらば愛しき人よ! 戻ってきてください! 愛しき人よ! 好楽です。

《林家木久扇》

 今日は笑点の歴史の日でございます。明るく楽しく面白く、最後を飾りたいと思います。日本の林家木久扇、エヌ・エッチ・ケー。

《春風亭昇太》

 歌丸師匠が笑点のラスト大喜利ということでして、私が経験した笑点の大喜利の司会者で最もやりやすかったのは歌丸師匠です。まあ、ぼく、歌丸師匠しか経験してないんです。春風亭昇太です。 

《三遊亭円楽》

 歌丸師匠の最後の司会ですから、もうこうなったら徹底的にやるしかございません。決闘です。ええ、なんべん殺せるか。送り人の円楽です。 

《林家たい平》

 ぼくを50年間支え続けてきてくれたのはかみさんがあってだと歌丸師匠がインタビューで答えられていました。オニババアと言われながらずっと50年間頑張ってきた富士子おかみさんに、私から座布団10枚です。たい平です。

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 続いては、夕べから鼻水が止まらなかった人のごあいさつです。

《山田隆夫》

 歌丸師匠との思い出は、決して軽いものではありません。とっても”思い出”! バンザ~イ! 山田隆夫で~す。

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 いやはや、最初から最後まで笑点は面白いですな。

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2016年5月26日 (木)

「笑点」メンバーの年齢構成は? 平均年齢は? 最年長・最年少者は?

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 「笑点」の司会者であった桂歌丸師匠は第一回からの大喜利メンバーでした。笑点の生き字引です。その師匠が「50年」の区切りです。御齢は79歳ですので29歳からのメンバーです。

《桂歌丸》

 1936年(昭和11年)8月14日生まれ

 ★79歳

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 では、大喜利のメンバーの御歳は?

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《三遊亭小遊三》

 1947年(昭和22年)3月2日生まれ

 ★69歳

《三遊亭好楽》

 1946年(昭和21年)8月6日生まれ

 ★69歳、誕生日には70歳

《林家木久扇》

 1937年(昭和12年)10月19日生まれ

 ★78歳

《春風亭昇太》

 1959年(昭和34年)12月9日生まれ

 ★56歳 

《三遊亭円楽》

 1950年(昭和25年)2月20日生まれ

 ★66歳 

《林家たい平》

 1964年(昭和39年)12月6日生まれ

 ★51歳

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 なんと、大喜利メンバーの平均年齢は64.8歳です。ま、65歳というところです。サラリーマンでいえば年金生活の駆け出し頃です。

 その中で最年長者は? 林家木久扇78歳です。

 最年少者は? 林家たい平51歳です。

 さて、春風亭昇太さんが新司会者になった後を継ぐ新メンバーはだれ? 年齢は? 気になりますね。

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 おっとっと、座布団運びの山田隆夫くんの年齢は?

《山田隆夫》

 1956年(昭和31年)8月23日生まれ

 ★59歳

「59歳で~す。…バンザーイ!」

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2016年5月25日 (水)

「笑点」の歴代司会者は? 初代は立川談志、二代目…

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 日本テレビ系「笑点」の司会者が”桂歌丸”から”春風亭昇太”にバトンタッチされました。歌丸師匠が五代目ですので昇太さんは六代目です。

 ええっ、その前にいた司会者の面々?

 「笑点」の放送開始は1966年(昭和41年)5月ですので、超熟年のわが輩は当然生まれていました。わが家にはテレビもありました。笑点ファンですので、名前を聞いたら顔を思い出すはずです。では、初代から六代目までを一気に羅列してみます。

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《初代》

 立川談志

 1966年5月~69年11月

《二代目》

 前田武彦

 1969年11月~70年12月

《三代目》

 三波伸介

 1970年12月~82年12月

《四代目》

 三遊亭円楽(五代目)

 1983年1月~2006年5月

《五代目》

 桂歌丸

 2006年5月~2016年5月

《六代目》

 春風亭昇太

 2016年5月~

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 おお、すげえ面々です。

 立川談志といえばマイペースでまくし立てるイメージです。我が道を行く芸達者です。

 前田武彦といえば明るいイメージです。まじめでアタマが切れる方でした。

 三波伸介? 「あ、伸介だ!」

 教育センターで講義をするために教材提示装置をセットしていたときです。テレビ画面を視ていた受講者が頓狂な声をあげたのです。何とその画面にはわが輩の顔が映っていたのです。

 な、な、な、何? 言われてみればそう見えるから不思議です。1975年(昭和50年)頃のことですが、四角っぽい顔は今でもよみがえります。

 三遊亭円楽(五代目)? ああ、現在の大喜利メンバー・三遊亭円楽の先代です。顔は似ても似つかないですな。

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 人生五十年といいますが、笑点も五十年です。わが輩は五十年プラスαの”ええ歳”ということなんですな。

 ♪スッチャラチャカチャカ、スッチャンチャン…

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2016年5月24日 (火)

日本テレビ系「笑点」の新司会者:春風亭昇太はどんな人? 歌丸師匠の後追い…

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 春風亭昇太ってどんな人? まずは、『笑点 歌丸ラスト大喜利スペシャル』(5月22日)の一場面から想像してみます。

 笑点司会を勇退する桂歌丸師匠がお題を出しました。

「次の司会者は誰なのかといろんな所で話題になっているようですが、そこで皆さん、笑点の司会に誰々がなりましたと言ってください。古今東西有名人などをあげていただきたいんです」

 これを昇太さんが受けました。

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昇太「徳川家康が笑点の司会者になりました」

歌丸「どうなりました」

昇太「こたえをずう~っと待ってくれました」

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 わあっ、と歓声があがって拍手。

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歌丸「”鳴くまで待とうホトトギス”、きれいじゃないの。山田くん、一枚やって」

昇太「えっ、今日は何か、びっくりするよ」

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 座布団の大番振る舞いに昇太さんは驚いています。

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 本名は田ノ下雄二(たのした・ゆうじ)です。1959年(昭和34年)12月生まれですので、57歳です。独身? ええ、これを逆手にとってネタにしています。

 元々は演芸コーナーの若手大喜利回答者で、1990年代後半には若手大喜利の司会者として定着していました。2006年(平成18年)5月に日本テレビ「笑点」の大喜利メンバーに加入。笑点の四代目司会者であった五代目円楽が勇退することになり、回答者であった桂歌丸が五代目司会者になったために、そのメンバー補充として昇太さんがレギュラー昇格となったのです。回答席は歌丸師匠の後継です。その後も若手大喜利の司会者は継続していましたが、歌丸師匠が休演のときにはレギュラー大喜利でも司会を務めたことがあります。

 ええ~っ、歌丸師匠の後追いばっかり? まあ、お似合いですよ。

 東海大学の落研時代にはテレビ東京の「大学対抗落語選手権」で優勝し、テレビ朝日の「ザ・テレビ演芸」でザ・マンダラーズとして出演して初代グランドチャンピオンに輝きます。これを機に大学を中退して春風亭柳昇に入門します。1982年(昭和57年)のことです。1989年(平成元年)にはNHK新人落語コンクール優秀賞を授賞し、1992年(平成4年)には真打ち昇進を7人抜きで果たしました。2000年(平成12年)には国立演芸場花形演芸大賞を授賞、独演会「古典とわたし」の成果が認められて文化庁芸術祭大賞も受賞。実力派の落語家です。

 さて、「笑点」六代目の司会者としてどんな司会っぷりを発揮するのか、楽しみです。

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2016年5月23日 (月)

「笑点」(日本テレビ系)の新司会者は春風亭昇太! 桂歌丸は終身名誉…

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 「ええ~っ」と驚きの声があがっていました。日本テレビ系『笑点 歌丸ラスト大喜利スペシャル』(5月22日放送)で桂歌丸が勇退して新司会者が発表された瞬間です。

 誰が日本テレビ系「笑点」の新司会者になるのかは大きな関心事でした。あの大御所・桂歌丸の後任者です。

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 その時が来ました。いよいよ発表の番です。

歌丸「新しい司会者を発表させていただきます」

枡太一アナ「よろしいでしょうか。師匠の口からお願いいたします」

歌丸「春風亭昇太さんにお願いをしたいと思います」

枡アナ「六代目笑点司会者は春風亭昇太さんです」

 おうっ! よっ! メンバーの口から出た声です。客席からは「ええ~っ!」という声。

 司会者発表の瞬間の気持ちを枡アナに尋ねられた春風亭昇太さん(冒頭写真)の一言。

「”ええっ”て、思いました」

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 枡アナに意気込みを聞かれて、昇太さんが語ります。

 「歌丸師匠の後ってのはプレッシャーがありますけど、考えてもしょうがないんで一生懸命にやりたいと思います」

 これを受けて歌丸がフォローします。上の写真がその場面です。

「昇太さんには昇太さんなりの司会のいいとこもたくさんあると思います」

 こんなやりとりをしている最中なんですが、メンバーは賑やかです。枡アナはメンバーに「皆さんから何か一言…」と発言の機会を与えました。すると、三遊亭円楽さんが即答です。

円楽「ワンポイントだから!」

 歯に衣を着せぬのが円楽さんの取り柄です。歌丸師匠との悪たれ関係はこれで一貫していました。

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 そして、枡アナの口から飛び出した言葉は。

「師匠は、笑点の終身名誉司会者としてこれからも番組にたずさわっていただきます」

 桂歌丸師匠は笑点の終身名誉会長に就任です。

「兎に角、昇太さんね。今日までのことはすっかり忘れて、今度は昇太さんなりの笑点の司会をやってもらいたいと思います。よろしく、どうぞお願いいたします」

 円滑な司会者交代です。

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 そんな折、「ここは?」と円楽さん(上の写真)が指さした場所は今まで昇太さんが座っていた席です。空席になります。誰が座るのか未定です。まあ、円楽さんの突っ込みというのはすげえ!

「そこ?」

 その声は歌丸師匠です。

「そこは私が座る!」

 えええ~っ! メンバーの絶叫です。

「司会をやりづらいよ、それは」

 昇太さんの真意です。

 まあ、笑点ってのは最後の最後まで何が飛び出すが分からないですね。

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 さて、どんな司会っぷりが楽しめるでしょうか。

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2016年5月22日 (日)

桂歌丸師匠が「笑点」(日本テレビ系)の大喜利司会を勇退… 座布団ゼロのどんでん返し!

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 ♪ちゃんちゃらちゃっちゃん、ちゃっちゃん…

 軽快なリズムでお馴染みの「笑点」(日本テレビ系)は放送開始50周年を迎えているんですが、2016年5月22日は大きな区切りの放送となりました。日曜日の夕方といえば午後5時半からの30分が定番だったんですが、この日は1時間半に拡大した『笑点 歌丸ラスト大喜利スペシャル』でした。

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 放送開始(1966年5月)から50年間もレギュラー出演を続けた桂歌丸師匠(79)が、大喜利コーナーの五代目司会者(2006年5月~)を勇退する特別番組です。

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 最後の30分間は生放送の大喜利コーナーで、笑いのうちにもじっとりと涙がにじみました。

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 三遊亭円楽が若い女の子になって豪快に笑います。

歌丸「どうしたの?」

円楽「歌丸、動いてる」

歌丸「動いてるよ、生きてるんだから。おれはゼンマイ仕掛けじゃないんだから。一枚、やってくれ」

円楽「ゼンマイって、古いんですよ。せめて電池にして」

 こんなやりとりがありました。

 また、円楽が豪快に笑っていると、

歌丸「どうしたの?」

円楽「笑っていないと涙が出ちゃうんです」

 そりゃあそうですよね、歌丸師匠が笑点メンバーから姿を消してしまうんですからね。

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 あれれ、座布団が次々とプレゼントされます。「やたら座布団くれるな」と驚きの声があがりますが、歌丸師匠の最後の心意気だったんでしょうか。

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 しかし、三遊亭小遊三のときです。お題は師匠への感謝の気持ちです。

小遊三「歌丸師匠、お疲れ様でございます。お礼に湖畔の宿を予約しておきました」

歌丸「小遊三さん、ありがとう」

小遊三「師匠、これが最後です。抱いてください」

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 衝撃発言です。すると歌丸が身震いしました。

歌丸「山田くん、気持ち悪いから全員の全部持っていきなさい」

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 あれれ、全員の座布団の没収です。

 すべての座布団が取り除かれました。メンバーは座布団なしで床に正座です。どんでん返しです。

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 ああ、ゼロになってしまったなあ。そんな感慨が湧きました。全員が座布団10枚の上に座って大団円というのも目出度いのですが、司会者交代で新たなスタートを感知することのできる結末でした。

 ああ、そういえば、ディレクターとこんなやりとりがありました。

「最後はきれいに座布団がなくなりましたねえ」

「ほんとうは全員に10枚出そうと思ってたんです。ああいうコタエを言ったから全部とっちゃったんです」

 なあるほど、これぞ歌丸師匠にぴったりの終結です。

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「名残惜しいですが、・・・、50年間、ほんとうにありがとうございました。厚く御礼もうしあげます」

 歌丸師匠は一礼されました。

 79歳という最年長の年齢でした。若かりし頃には「細面のイケメン」だった師匠なんですが、近年では”ハゲ”とか”死亡ネタ”など不謹慎な言葉が飛び出しても笑いに転化されていました。

 何なに、今度は「落語」に集中するって?

 そう、まだまだですよ。歌丸師匠、これからは高座の番組を待ってますよ。

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2016年5月21日 (土)

「必死のパッチ」って何? 超変革・阪神タイガースの原口捕手がお立ち台で吠えた!

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 ”必死の”って分かるけど”パッチ”って何?

 阪神タイガースの原口捕手がお立ち台で絶叫したんです。

「サヨナラやりました! 最高です! ほんと、しびれるくらいの展開で、皆さんの応援が力になりました。ここで絶対決めてやるという気持ちで”必死のパッチ”で打ちました!」

 ”超変革”をキャッチフレーズにしている阪神タイガースですが、浮き沈みが激しいんです。5月19日、甲子園球場、中日vs.阪神の九回2対2の同点、一死満塁、カウントは3ボール1ストライク。打席に立った原口捕手は四球ねらいではありませんでした。中日又吉投手の145キロを振り抜く殊勲打で、サヨナラ勝ちです。

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 歓喜のシャワーを浴びせられてびしょ濡れになったまま金本監督に抱きつき顔はぐしょぐしょ。ひと月前まで育成選手でしたが、二軍へ、いや一軍へと這い上がり、マスクをかぶり、振り抜き、初の”サヨナラ”を打ったんです。その結果が、お立ち台での「必死のパッチで打ちました」となるんです。

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 ”パッチ”? ひょっとしたら”股引”(ものひき)のこと? ああ、そうか、子ども時分にはパッチをはいていました。股引といえば今風にいえば”ダサい”感じでしたのでそう呼んでいたようですが、少し薄手の股引です。今頃は”ズボン下”と呼んでいる下着です。

 そのパッチを必死ではくときのたとえの表現です。一生懸命にやるときの最上級のセリフです。関西圏でもっぱら遣われる表現で、2008年頃のヒーローインタビューで現阪神タイガースの作戦兼バッテリーコーチの矢野捕手、これに続いて関本選手が叫びました。阪神移籍で話題を呼んだ西岡選手がサヨナラ打を放ったときや藤波投手がプロ3戦目で初勝利をあげたときにも口にしました。

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 「必死のパッチ!」

 ヒーローインタビューのお立ち台でその絶叫がこだまするでしょうか。その回数が増えれば超変革を実感できるんですがねえ。

 えっ、何なに? ”超変革”は来シーズンに備えるためだって? いえいえ、勝っても負けても、金本流に徹底して必死にやる姿が超変革なんですよ。

 お~お~、お、おっ! さて、「必死のパッチ」を期待しましょうか。

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2016年5月20日 (金)

「うつの宮げ」ってネーミングに笑い、うさぎやの「チャット」(詩人書家相田みつをネーミング)に驚いて…

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 「うつの宮げ」?

 ああ、「宇都宮」のことだな、天気予報の地名表示でよくお目にかかる名前です。宇都宮市といえば栃木県の県庁所在地です。

 おっとっと、ひらがな表示が気になります。というよりも「宮」が浮き出ています。あれつ、「宮げ」? ということは、「宮げ」=「みやげ」? 思わず笑ってしまいました。「とちぎ宮げ」は栃木県観光物産協会が推奨する”とちぎ特産品シール”なのです。そのひねりように脱帽です。

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 実は、下野菓子処”うさぎや”(宇都宮市伝馬町)の銘菓「チャット」をお土産に戴いたのです。うさぎやは大正4年創業の老舗和菓子店ですが、「チャット」は昭和36年に誕生したそうです。わが輩が青春の真っ只中であった頃です。チャットというのは”おしゃべり”ということで、外箱や金色のパッケージにはおしゃべりをしている小鳥が描かれています。相田みつをさんのネーミング&デザインとか。

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 お菓子「チャット」はスイートポテトのような形です。いえ、紅芋かな? 表面の仕上げがほこほこっとしています。

 割ってみるとほろっと柔らかいです。崩れそうですが皮と餡がちゃんとくっついています。

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 口に入れてみるとほっこりとしています。美味い! 原材料は、手亡(てぼう)や小麦粉、卵、バター、砂糖などです。甘いんですが、適度な甘みです。

 手亡(てぼう)というのは、白い種皮色の小粒のいんげんまめのことです。大福豆や白金時豆などは大粒ですが、これら白色のいんげんまめの銘柄とともに「白いんげんまめ」と総称されることもあります。明治時代に北海道の十勝地方で栽培されたのが始まりだそうです。

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 それにしても、口で美味いと楽しむだけでなく、目で味わい、アタマで感銘できるとは、うつの宮げのチャットはぼっけえ・でえれえ・もんげえ(ものすごく素晴らしいことの岡山弁)お土産ですな。

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 ありがとう。ごちそうさまでした。

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2016年5月19日 (木)

「遠流」(おんる)って何? NHK歴史ヒアヒストリア「…大奥物語」に登場した歴史用語…

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 「遠流」(おんる)って聞き慣れない言葉です。江戸城の大奥トップの大年寄となった江島が一大スキャンダルに巻き込まれ、遠流となったのです。

 日本国語大辞典には「遠流」について次のような説明があります。

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◆えん‐る ヱン‥ 【遠流】

〘名〙 罪人を遠方の地に流すこと。島流し。おんる。

◆おん‐る ヲン‥ 【遠流】

〘名〙 律令制に定める流罪(るざい)のうち最も重いもの。中流(ちゅうる)、近流(こんる)に比べて京からの距離が遠い。延喜式では伊豆、安房、常陸、佐渡、隠岐、土佐等の国がその地とされているが、必ずしもこの六国に限られていなかった。→遠島(おんとう)。

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 あれれ、遠流は「えんる」のように思えますが、NHK流に「おんる」としておきます。

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 貧乏旗本の娘・みよは、六代将軍徳川家宣(いえのぶ)の側室月光院が懐妊しときから大奥でお側に仕える身となりました。そして世継ぎが誕生すると「江島」の名を戴いて大奥トップの大年寄に昇進しました。

 しかし、六代将軍家宣の正室である天英院は、将軍との間に生まれた男児を早くから亡くしてしまっておりますので穏やかではありません。当然のことながら大奥には確執が生じますが、大奥トップの江島と歌舞伎役者の生島新五郎が情を通じたというスキャンダルが勃発します。事実無根の事件ですが、月光院への直接攻撃ではなくてその側でお仕えする江島を陥れる作戦です。

 その結果が「遠流」です。間接的には月光院が衝撃を受けることになります。

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 月光院への思いを託したと思われる江島の歌が残っています。

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 浮世にはまた帰らめや武蔵野の

 月の光の影もはずかし

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 もう江戸には帰ることができない土地へ流されました。与えられたのは8畳一間です。周囲には厳重な柵が張り巡らされました。

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 享年61歳ですが、『検死問答書』には付け置いた下女の発言が記録されています。大奥の『女通法度』に「何事によらず外様へもらし申すまじき事」と厳しく規定されているとおり、遠流された期間中、大奥のことは一切口にしなかったそうです。

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 まあ、大奥といえば晴れやかなイメージを描いてしまうんですが、究極の人間模様が展開された場所なんですね。

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2016年5月18日 (水)

5月20日(金)の午後8時からのNHK総合テレビは「阪神VS.広島」のプロ野球中継… 歴史秘話ヒストリアは?

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 あれれ、NHKテレビの番組変更?

 5月20日(金)午後8時からは歴史秘話ヒストリアの放送予定だとスケジュールに入れていました。「京都で旅する地獄と極楽」です。楽しみにしていたんですが、この枠にプロ野球「阪神VS.広島」戦が入っているではありませんか。

 ええっ、こりゃあどうしたことかと驚きです。歴史秘話ヒストリアは待ち構えていた番組ですし、プロ野球阪神タイガースの一戦は見逃せないのです。

 そうなんです。中国地方では鳥取県と島根県は別番組だそうですが、岡山県や広島県ではこのカードの視聴率の高さを見込んでの番組編成のようです。皆さんの地域ではどうですか。

 プロ野球中継はうれしいです。阪神タイガースの熱烈ファンであると同時に広島カープも応援しているわが輩にとっては、大歓迎です。

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 しかし、歴史秘話ヒストリアの大ファンでもあります。この番組の新キャスター・井上あさひアナのファンでもあるんです。おっとっと、井上さんはカープ女子なんですね。広島放送局時代があったようで、広島カープのキャンペーンガールだったようです。

 今回予定されていた歴史秘話が近いうちに放送されるのを首を長くして待っています。いえ、新聞やテレビに載せられる番組表と首ったけになるとしましょうか。

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2016年5月17日 (火)

”AKB48”がNHK歴史秘話ヒストリア「愛と悲しみの大奥物語」に登場

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 歴史情報番組に若い美女、それも”AKB48”が次から次へと登場するなんて、NHK始まって以来のことではないですか。まあ、見たことのある顔が映し出されるんです。4月からリニューアルされたNHK歴史秘話ヒストリアの「愛と悲しみの大奥物語」です。

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 江戸城の大奥。そこは夢と希望の場であるとともに嫉妬の渦巻く女の園でした。

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 案の定、大奥最大のスキャンダルが勃発しました。貧乏旗本の娘から大奥のトップ・御年寄りへ上り詰めた江島は、歌舞伎役者の生島新五郎と情を通じたと事実無根の疑いを着せられてしまったのです。その結果は遠流(おんる)です。

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 江島を演じたのはAKB48の上西恵です。懐妊した月光院に取り立てられ、出産してからは大奥トップの大年寄に抜擢されました。となれば、ねたみが渦巻きます。

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 月光院は白間美瑠です。六代将軍徳川家宣(いえのぶ)の側室ですが、世継ぎの男児を出産して七代将軍家継(いえつぐ、4歳で即位)の生母となりました。

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 天英院を演じたのは山本彩です。六代将軍の正室です。将軍との間に生まれた二人の子は早く亡くなってしまいました。これではおだやかではありません。

 そのほか、井尻晏菜、植村梓、大段舞依、岸野里香、植田碧麗、太田夢莉、上枝恵美加、城恵理子、須藤凜々花、中野麗来、村瀬紗英、山尾梨奈、内木志、松村芽久未、矢倉楓子、吉田朱里などAKB48の面々です。

 まあ、歌番組で見かけるような華やかなステージではありません。しかし、NHKの仕掛けた豪華絢爛たる大奥にはお似合いでした。繰り広げられる愛憎劇を演じるひたむきな姿には感銘を覚えましたよ。

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2016年5月16日 (月)

NHK井上あさひアナが「歴史秘話ヒストリア」の新キャスターに登場

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「歴史。それは、絶え間なく流れる大きな川。その中のキラリとした一滴を”秘話”と呼びます」

 そんなナレーションで始まるNHK「歴史秘話ヒストリア」なんですが、大きくイメージチェンジです。この4月からキャスター(案内人)が渡邊あゆみアナから井上あさひアナにバトンタッチされています。

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 この番組は金曜日の午後8時からの放送です。セットも一新されています。これからのラインアップは、5月20日「京都で旅する地獄と極楽」、6月3日「熊本城」、6月10日「新撰組」、6月17日「古墳」です。さて井上さん、どんな案内をしてくださるんでしょうか。

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 井上さんは岡山県出身ですので同郷の親しみがあります。玉野市立荘内小学校、荘内中学校、岡山高等学校を経てお茶の水女子大学文教育学部卒業後、NHKに入局されています。「ニュースウオッチ9」でお馴染みだったんですが、昨年春から京都放送局へ異動されていたので全国ネットではお目にかかれませんでした。そんな折、歴史秘話キャスターに起用されたのです。

 わが輩が好きなのは、彼女の声です。発音が明瞭です。堂々としています。ということは、話している内容がよく伝わってくるということです。

 えっ、年齢? 二十代後半のようです。ちょっとだけ気になります。生年月日は1981年7月17日です。ええっ、何なに?

 あとは計算しないことにします。

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2016年5月15日 (日)

「かきいれどき」の正しい表記は? 「掻き入れ時」? 「書き入れ時」? 

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 五月のゴールデンウイークは過ぎましたが、絶好のチャンスでしたか。「かきいれどき」でしたでしょうか。

 えっ、「かきいれどき」? 

 どっさりとお金を掻き入れるチャンス?

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 実はNHKテレビを見ていたときなんですが、字幕に「書き入れ時の大型連休」と出ていました。「書き入れ時」? そんなはずはない。「掻き入れ時」なんだと国語辞典を引きました。

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かきいれ‐どき》【書き入れ時】

〘名〙商店などで、売れ行きが最もよく、もうけのきわめて多いとき。

[注意]「搔き入れ時」と書くのは誤り。

 明鏡国語辞典 第二版

〘名〙 多くの利益が最も期待されるとき。転じて、利益の多いとき。商売のもうかるとき。商売に忙しいとき。仕事が集中するとき。かきいれ。

 日本国語大辞典

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 何と、「掻き入れ時」は間違いだというんです。「書き入れ時」が正解です。帳簿の書き入れに忙しい時の意味だそうです。

 はあっ? 「書き入れ」の意味だったんです。「掻き入れ時の大型連休 今年は?」といいうのが正解です。

 思い込みってのは恐ろしいものです。「掻き入れ」が正しいとばかり信じていました。いえ、勝手にそう思い込んでいたんです。

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 この歳、超熟年になって初めてこんなことに気がつきました。よくもまあ、これで人生が務まったもんです。選りに選って教職なんてねえ。

 まあ、これからもしばらくは「おとなの勉強」ですよ。

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2016年5月14日 (土)

茶花「テッセン」(キンポウゲ科クレマチス属)で俳句を… 「客人の…鉄線花」

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 「テッセン」(鉄線)はキンポウゲ科クレマチス属のつる性植物です。つるが細くて、鉄線のように丈夫なのでそう呼ばれています。クレマチスという方が一般的かも知れませんが、わが輩のアタマの中ではもっぱらテッセンです。冬分でも支柱に巻きついて残っている植物だという印象が強いからです。

 テッセンは”茶花”です。おっとっと、そういえば茶室に飾る花のように思えますが、わが家では玄関アプローチで咲いています。鉢植えにしていますので、花の時季には場所を移動させているんです。

 西洋の花言葉に「旅人の喜び」というのがあります。旅人が快適に宿泊できるように宿の玄関にクレマチスを植えて迎えていたという風習に因んでいるそうです。ということは、わが家では「客人の喜び」ということになります。

 ここで一句…

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 客人の目の泊まり居る鉄線花

             たけお

 ※ 「鉄線花」(てっせんか)は夏の季語です。

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 日本では茶室に飾る”茶花”です。花言葉に西洋との共通点があるようで面白いですね。

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2016年5月13日 (金)

テッセンとクレマチスは同じもの? 花は「かざぐるま」でつるは「鉄線」…

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 玄関アプローチで「テッセン」が今を盛りと咲いています。わが家の”茶花”です。

 えっ、クレマチス? そう、クレマチスです。日本では江戸時代から親しまれているガーデンプランツの一つです。つるが細くてとても丈夫なので「鉄線(テッセン)」と呼ばれ親しまれています。キンポウゲ科クレマチス属のつる性草本です。

 元々は中国に自生していたものだそうで、乳白色の6枚の花びらがあって雄しべが花弁化しているものが原種です。あれっ、そういえば、花びらは7枚? 冒頭写真がそうです。おっとっと、そうとは限りません。8枚のものものがあります。えっ、6枚??? 何なに、花びらでなくて萼片だって? 形や色、開花時期も様々で、北半球を中心に世界中に自生しているそうです。いや、ガーデンプランツとして改良が重ねられています。

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 日本では家紋にもなっています。「鉄線紋」は花びらが6枚ですが、「八つ鉄線」「八つ花鉄線」「三つ葉鉄線」「花鉄線」「永井鉄線」など多様です。

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 花びらは大きく、鮮やかです。花の真ん中には雄しべが沢山あります。花言葉は「高潔」です。「精神の美」ともいわれています。わが家では”茶花”です。

 西洋では、「策略」という花言葉があります。フランスの話ですが、物乞いがクレマチスの葉の汁で自分の肌をかぶれさせ、道行く人の同情を引いたことからつけられた花言葉です。おっとっと、成分に目をつけたところまではいいんですけど、これじゃ花言葉の仲間入りはできませんよ。

 お、「風車」? クレマチスの別名です。言い得て妙という感じです。花びらに着目するとこうなるんですが、つるに目をつけると「テッセン(鉄線)」となるのですね。

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2016年5月12日 (木)

「お子さんは散らすことの名人…」 ”カツ陣”のキャッチフレーズに感動!

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 まあ、びっくりしましたよ、”カツ陣”のキャッチフレーズに。

 レストランと言えば「お行儀良く」が常識であるはずなのに、カツ陣ではお母さんへこんなメッセージを発しています。

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 お母さんへ

 お子さんは散らかすことの

 名人です。

 私達も子どもの頃は

 そうでした。

 テーブルの上や席に

 ・・・

 一切お気になさらないで下さい。

 私共店のものがかたづけます。

 私共の店にいらした時くらい

 ゆっくり召し上がって下さい。

 お母さん!

     陣

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 ううん、うなりました。感動です。

 なあるほど。子育て中のお母さんにほっと一息つきながら”とんかつ”を召し上がっていただこうとする戦略ですな。

 おっ、そうか、超熟年のわが輩もひょっとしたら子ども並になっているかも知れません。それならば、「再来!」そんな気分になります。

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2016年5月11日 (水)

虎が吠える!迫力満点の「龍虎図屏風」(重要文化財)と対面… 京都国立博物館で「禅~The Art of ZEN」

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 口を大きく開けて牙(きば)をむき出しにした虎を眼前にして思わず後ずさりしそうになりました。重要文化財『龍虎図屏風』(六曲一双)のうちの虎図に対面したときの第一印象です。

 迫力があり過ぎます。噛まれたらひとたまりもありません。牙が鋭いです。

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 京都国立博物館(京都市東山区茶屋町)で開催されている「禅 ~心をかたちに~ The Art of ZEN / From Mind to Form」第五章:禅文化の広がりに展示されている名画です。京狩野の祖である狩野山楽の筆です。右側の屏風が「龍」、左側が「虎」です。それぞれが177.5㎝✕356.5㎝の大作です。左隻には二匹一対の虎が配されています。雄と雌です。中央に描かれた雄虎は牙をむき出しにして右隻の龍をにらみつけています。

 おっとっと、プロ野球の阪神タイガースが中日ドラゴンズににらみをきかせているようだと? いえいえ、今の金本阪神はまだ若手が小手試しをしている最中で、そのうちにこの名画のような場面が実現するはずです。

 これこれ、脱線するんじゃありませんよ。どうしてまた、「龍虎図屏風」なんかが展示されているんでしょうか。それは、禅宗ゆかりのお寺、妙心寺(京都市右京区花園妙心寺町)がこの六曲一双屏風を所蔵しているからなんです。臨済宗妙心寺派の大本山です。現在は、保存上の観点などから京都国立博物館に委託されています。

 紙本金地着色の大作です。虎のしなやかな体の曲線が動的です。顔はどう猛で恐怖感をあおります。まあ、時にはこんな境地を味わってみることも肝心なのでしょうね。

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 禅の真髄、名宝の数々を展示した臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念展は5月22日(日)までです。一般観覧料1500円です。

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2016年5月10日 (火)

京都国立博物館で”見て感じる禅問答”を… 「禅~心をかたちに~The Art of ZEN / From Mind to Form」

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 達磨(だるま)の”目”に引かれます。その奥深さは何を意味しているのでしょうか。

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 京都国立博物館(京都市東山区茶屋町)で「禅~心をかたちに~The Art of ZEN / From Mind to Form」が開催されています。臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念の催しです。その入場券にデザインされている達磨(冒頭画像)には独特の魅力があります。白隠禅師が80歳を過ぎてから描いた「達磨像」、通称「朱達磨」です。「半身達磨」です。入場券などからは想像することは難しいですが、縦2m近くもある大作です。背景が墨で黒く塗りつぶされていますので朱の衣を着た達磨が浮かび上がっています。萬壽寺(大分県大分市金池町)の所蔵です。

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 えっ、今はその達磨の顔にはお目にかかれないって? 展覧会は4月12日から始まっているのですが、この「達磨像」は5月1日までの前期展示だったのです。あ、そうそう、リーフレットの4ページには大きな画像が載っています。じっと、にらめっこをしましょうか。いえいえ、禅問答です。あ、そうそう、後期展示では清見寺(静岡市清水区)所蔵の「達磨像」にお目にかかれます。もちろん白隠禅師の筆です。会期は5月22日までです。京都国立博物館で一般観覧料1500円です。

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 展示会場を概観してみます。

◇第一章:禅宗の成立

 0重要文化財「達磨座像」が圧巻です。

 ※5月9日のブログで取り上げました。

◇第二章:臨済禅の導入と展開

 0重要文化財「一休宗純像」

 0「足利義満座像」

◇第三章:戦国武将と近世の高僧

 0「織田信長像」

◇第四章:禅の仏たち

◇第五章:禅文化の広がり

 0重要文化財「龍虎図屏風」

 ※次回のブログで取り上げます。

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 まあ、ひたすら眺めるだけです。邪念を抱かないでね。ひょっとすると、これが”見て感じる禅問答”かも知れません。

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2016年5月 9日 (月)

”だるまさん”と対面! 重要文化財「達磨座像」が京都国立博物館の「禅~The Art of ZEN / From Mind to Form」で…

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 ”だるま”(達磨)といえば思い出すのが…

 「だるまさん」「だるまさんがころんだ」「おきあがりこぼし」などです。何かしら身近に感じられます。親しみがあります。

 では、”禅宗”といえば何を思い出すでしょうか。”禅”がつくので「禅」? 禅の教え?

 おっとっと、ちょっと待って! 達磨(だるま)と禅宗とは別々なものではなくて密接な関係があります。達磨は禅宗の初祖なのです。

 それがそっくりそのまま具現化されているのが京都国立博物館(京都市東山区茶屋町)に展示されている「達磨座像」です。冒頭の画像は鎌倉時代の作で、円福寺(京都府八幡市八幡福禄谷、臨済宗妙心寺派の大本山妙心寺の末寺)の所蔵です。もちろん国の重要文化財です。

 まさにだるま・達磨です。「だるまさん」です。目を大きく見開いた気迫のある座像です。あれれ、座禅なのに目をかっと開く? おっとっと、目を開く開かないの問題ではなさそうです。禅宗の初祖・達磨の目は何を語り何を悟っているのでしょうか。

 禅宗は特定の経典を持ちません。その教えは言葉や文字によらないで、師の心から弟子の心へと以心伝心で受け継がれてきました。その修業は座禅を中心に行われているのが特色です。そういえば古武道竹内流(たけのうちりゅう)の道歌に「花ははな紅葉はもみじそのままに…以心伝心」というのがありますが、同じ心です。

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 「禅 The Art of ZEN From Mind to Form」の展示期間は5月22日までです。一般の観覧料は1500円です。

 達磨座像と対面して「禅問答」をしてみますか。いやいや、圧倒されてそれどころではないですよ。

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2016年5月 8日 (日)

禅僧の肖像画や仏像、書画などに禅の心を… 京都国立博物館で「禅~The Art of ZEN」

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 「禅」の文字と眼光のするどい人物の姿が目に飛び込みます。冒頭の画像は京都国立博物館(京都市東山区茶屋町)で開催されている「禅~心をかたちに」(The art of ZEN from Mind to Form)のリーフレットの一部ですが、強烈に心を引きつけられます。

 この人物はひょっとすると達磨? いえいえ、そうではありません。禅宗の第二祖といわれる慧可(えか)です。もう1500年も前の中国南北朝時代のことですが、インドから渡ってきた達磨に師事した禅師です。

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 慧可の画像だけを切り抜いてみますと、あれれ、座禅をしている姿がくっきりと浮かび上がります。これはあの雪舟が描いた国宝『慧可断臂図』(えかだんぴず)の一部なのです。座禅を組んでいるので”だるまさん”を連想してしまいます。

 今、京都国立博物館へ行くとこの国宝にお目にかかれます。雪舟等楊筆のこの一幅は齋年寺(愛知県常滑市)が所蔵しているんですが、5月3日~22日の期間だけこの国立博物館で鑑賞できます。

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 達磨(禅宗の初祖)の教えは慧可(二祖)を経て次々と伝わりました。そして、禅宗の一派である臨済宗(りんざいしゅう)・黄檗宗(おうばくしゅう)の宗祖、臨済義玄(ぎげん)によって広められ、日本には鎌倉時代に伝来しました。今年は義玄の没後1150年にあたります。また、日本における中興の祖は白隠慧鶴ですが、この白隠禅師の没後250年です。

 京都国立博物館ではこれを記念して、禅僧の肖像画や仏像、書画、工芸などを一堂に集め、国宝約20点、重要文化財約100点を含む約220点の名宝の数々を展示しています。豪華です。

 会期は5月22日までです。観覧料は一般1500円です。

 心をかたちに! 見て感じる禅問答のチャンスです。

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2016年5月 7日 (土)

下鴨神社(賀茂御祖神社)の「お白石持神事」を体験…

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 京都の下鴨神社(賀茂御祖神社)では式年遷宮に伴う「お白石持神事」(おしろいしもちしんじ)を行っています。

 どんな神事? 実際に体験してみました。実に簡単で、誰でも参加できるのです。

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 御手洗川の水で手を浄めます。神事の最初には必ずやる仕草です。

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 お白石を両手に1個ずつ持ちます。そしてお祓いを受けます。

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 両手に白石を携えて奥へ奥へと進みます。静かです。表の賑やかな世界とは一線を画しています。

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 本殿の裏手に小さな門があります。ここをくぐって中へ進みます。ここからはカメラ撮影を遠慮させていただきました。

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 そして、本殿のまわりに白石を並べて退出します。上の画像は外側から垣間見たところでほんの一部だけですが、内側には実に沢山の石が並べられていました。

 明治になってからは、遷宮ごとに御垣内の石を一旦持ち出し、三年間のお浄めを終えたのちに再び御垣内に戻す神事が行われています。これが「お白石持神事」です。

 参加無料です。だれでもが参加できます。

 「白石」を両手に持って御垣内に運ぶだけの行動なのですが、何かしら厳かな気分になれたのが不思議です。

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2016年5月 6日 (金)

京都・下鴨神社の「お白石」(おしろいし)って何?

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 下鴨神社(京都市左京区下鴨泉川町)朱印・祈祷受付前に「お白石」が置いてあります。握り拳を少し大きくしたくらいの石が樽に盛られています。

 ええっ、これが「お白石」? 確かに白く見えます。じっと目を凝らしてみます。おっ、花崗岩です。

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 円く球形になっています。水の力で角(かど)が取れています。ということは鴨川の河原の石です。

 古来、社領地に住んでいた人々は鴨川の河原に出向いて神々の降臨に相応しい石を見つけ出して、式年遷宮のたびに石の取り替えをしていたそうです。

 しかし、明治初年の上知令によって河原の石を採取することが不可能になって、遷宮(せんぐう)ごとに行ってきた石の取り替えができなくなりました。そこで案出したのが「石拾い神事」です。

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 御垣内の石を一旦持ち出します。そして、三年間お清めをします。このお清めを終えた石を「お白石」と呼ぶのです。そのあと、垣内に戻します。

 御垣内に敷きつめるために石を奉献するのですが、この神事を「お白石持神事」と呼んでいます。どんな神事なのか、のぞいてみたいですね。

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2016年5月 5日 (木)

京都の”葵祭”(あおいまつり)の「葵」の意味は? 「カモアオイ」「フタバアオイ」…

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 下鴨神社(京都市左京区下鴨泉川町)は賀茂御祖(みおや)神社とも呼ばれています。山城国一ノ宮です。

 この神社から寿恵廣(扇子)を戴きました。独特の文様が描かれています。あれっ、緑色の葉っぱは?

 「カモアオイ」です。賀茂葵です。双葉葵とも呼ばれます。下鴨神社の御神紋です。

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 植物のフタバアオイの葉をかたどった紋章は葵紋と呼ばれます。日本の紋章の一種です。このフタバアオイは下鴨神社(賀茂御祖神社)、上賀茂神社(賀茂別雷神社)の神事に用いられていますが、賀茂明神を信仰していた人々がこの植物を神聖視して家紋に用いるようになりました。

 徳川家本家の三つ葉葵は有名です。徳川家康は天正14年(1586)に他家の使用を禁じています。紀州徳川家は六つ葵、伊予松平家は葵巴、本田家は立葵です。ということは、あれれ、葵はアオイでも、下鴨神社・上賀茂神社のものと徳川家のものとは別物ということのようです。

 葵・アオイは、昔は「あふひ」と表記されていました。「あふ」は「会う」です。「ひ」は神様の力を示す言葉です。「お日様」などがその例です。植物の「葵=あふひ」に”大きな力に巡り会う”という意味を込めているってことです。

 そうか、「葵」(アオイ)と聞けば「徳川」を連想してしまうんですが、早とちりですね。

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2016年5月 4日 (水)

京都・下鴨神社で竹内流など30流派が古武道奉納…

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 京都の初夏を彩る葵祭(賀茂祭)の前儀として古武道奉納が行われました。

0平成28年5月4日(みどりの日)

0下鴨神社(京都市左京区下鴨泉川町)

0主催:下鴨神社

0共催:日本古武道振興会

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 演武したのは全国から参集した30流派です。舞殿と橋殿に分かれて奉納しました。

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《舞殿》

小笠原流弓馬術礼法(小笠原清忠)

0貫心流(富士原正雄)

0細川家伝統兵法二天一流(宮田和宏)

0尾張貫流槍術(加藤伊三男)

0夢想神伝流居合道(高橋次秀)

0富田派武甲流薙刀術(建入久代)

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0関口流抜刀術(宮嵜勇夫)

0佐分利流槍術・信抜流居合剣法(川瀬一道)

0天然理心流(大塚篤)

0天真正伝香取神道流(飯篠快貞)

0夢想神伝居合重信流詰合(津村惠治)

0柳生新陰流兵法(柳生耕一)

0小野派一刀流剣術(笹森建美)

0琉球古武道(井上貴勝)

0天道流薙刀術(木村恭子)

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《橋殿》

0鞍馬流剣術(柴田章雄)

0神夢想林崎流居合(笹森建美)

0神道無念流剣術(小川武)

0神道夢想流杖術(濱地光男)

0無限神刀流居合術(長尾全裕)

0無双直伝英信流居合兵法(石本一平)

0戸山流抜刀道(中村朋子

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0柳生心眼流體術(梶塚靖司)

0立身流兵法(加藤紘)

0心形刀流武芸形(小林強)

0風傳流槍術(今西春禎)

0直心影流薙刀術(園部正美)

0竹内流捕手腰廻(竹内藤十郎)

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 お馴染みの顔ぶれです。流派名のあとの()内は代表者の名前です。写真説明は省略しています。

 トリは竹内流でしたが、今回は竹内藤十郎と竹内秀将が参加演武しました。

 兵法タイ捨流(上原エリ子)はこのたびの熊本地震の影響で参加されませんでした。震災地の皆様にお見舞い申し上げます。

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 この古武道奉納は毎年5月4日に開催されています。5月15日に葵祭(賀茂祭)が行われるのですが、これに先立つ儀礼です。5月3日:流鏑馬神事、4日:古武道奉納、5日:歩射神事・少年剣道奉納・なぎなた奉納などと続きます。

 5月15日の葵祭本番には、午前11時40分に下鴨神社に行粧が到着し、社頭の儀が行われます。午後1時15分からは走馬の儀や狂言奉納と多彩です。

 都大路を彩る葵祭本番に参加してみたいと思っているのですが、未だに実現できていません。まあ、今のところは前儀で満足しておくとしましょうか。

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2016年5月 3日 (火)

平戸ツツジは下も上も満開! 花言葉は節制…

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 平戸ツツジは下の方から開花していく?と4月29日(昭和の日)のブログに書いたんですが、四日後の5月3日(憲法記念日)はもう満開です。もう、下も上もありません。

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 花言葉は「節制」です。えっ、節制? 花びらは大きく、7~9㎝もあります。びっしりと咲いています。その咲きっぷりは豪勢です。それなのにどうして? ああ、そうなんですか、ツツジ総称の花言葉なんです。平戸ツツジを含めたツツジの花言葉が節制なのです。合点!

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 長崎県の平戸市に残る武家屋敷の裏庭で長年にわたって自然交配された結果できたツツジです。ケラマツツジが主体なんですが、モチツツジやキシツツジ、リュウキュウツツジなどが交雑したものだそうです。200品種以上もの園芸品種がつくり出されているんですが、里山で見かけるツツジとは少しばかり風格が違います。

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 同じツツジであっても、質素な風合いを醸し出すものもあれば豪勢な雰囲気を振りまくものまで様々です。その心は、元々のツツジの心である「節制」だというわけですね。

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2016年5月 2日 (月)

牡丹(ボタン)に雨傘? どうして?

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 あれれ、竹内流相伝家道場の前で雨傘をさしているのは? 人ではありません。

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 牡丹でした。どうして?

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 石段の傍らにも雨傘? どうして?

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 牡丹に雨傘です。あれれ、傘には雨のしずくが!

 ああ、そうだったんですか。牡丹が雨に濡れないように、雨傘をさしていたんです。雨に濡れたら牡丹の花びらが駄目になってしまうんです。

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 雨があがったら傘は撤収です。日光をたっぷりと浴びさせるんです。

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 まあ、牡丹の世話って大変です。

 えっ、いえいえ、わが輩が世話をしているのではありません。実は、連れ添いがこつこつとやっているんです。

 お陰様でゴージャスな牡丹の風格を味わうことができます。ほんとにありがたいことです。

 連れ添いに感謝!

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2016年5月 1日 (日)

NHK BSプレミアム風雲!大歴史実験「源平壇ノ浦の戦い~源義経 おきて破りの真実~」 再放送

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 源義経ひきいる源氏軍は「おきて破り」によって平家軍を倒したのではないか? そんな仮説による歴史大実験がNHK BSプレミアムで再放送されます。風雲!大歴史実験「源平壇ノ浦の戦い~源義経 おきて破りの真実~」です。

 5月4日(水)15時30分~16時59分です。5月ゴールデンウイークの最中です。

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 今回は再放送ですが、前回3月18日の本番ではこんな声がありました。

0 ずいぶん手の込んだ実験だなあ。壇ノ浦の潮の流れが変わったのも一因でしょうけど、それだけではなかったというのには驚きです。

0 源義経はルール違反をしたのでしょうか。組討ちはおきて破りになるのでしょうか。義経が悪者扱いされているような印象を受けました。

0 番組の最後に竹内流の組討ちが登場しますが、時代が違い過ぎてはいませんか。

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 3番目の意見について、当事者としてコメントします。

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 そのとおりです。竹内流は天文元年(1532)に美作国一ノ瀬城主竹内中務大輔久盛によって創始された武術です。壇ノ浦の合戦から350年も経った戦国時代生まれです。時代は全然違います。それから現在まで更に485年も経っているんですが、竹内流は腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)などの組討ちを今に伝えています。

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 この組討ちとはどんなものなのかをイメージしていただくために竹内流が登場しているのです。いわば、組討ちのイメージ映像です。竹内流は元々狭い山間部での戦闘に有利な組討ちです。となれば、壇ノ浦の戦いでは接舷移乗戦が行われていますので、狭い船上や船内では長い打物(うちもの)を振り回すよりも組討ちの方が有利だったのではないかという発想です。しかし、そこはかなり省略された感がします。

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 源平壇ノ浦の戦いを境にして平安時代から鎌倉時代へと世の中が変わっていきます。

 それからもう800年以上も経っているんですねえ。

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