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2016年3月の記事

2016年3月31日 (木)

三月は「さ」がつくので「去る」というけれども… あれっ、60歳を過ぎても再任用されるって?」

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 一月は「いんで」(岡山弁で”帰って”の意)、二月は「にげて」(逃げて)、三月は「さる」(去る)というんですけど、何かしら月日の経つのは早いもんです。もう四月がやってきて、新年度が始まります。

 去るといえば転任転勤の季節です。おっとっと、留守にしておったんですが、どうやら地元小学校の校長先生があいさつにお見えになったようで、玄関に封書(人事異動の一覧表)が置かれていました。ごめんなさい、留守をしてしまって。

 岡山県教職員の異動があったんです。県教委分と岡山市(政令指定市)教委分です。

 地元福渡小学校の先生方6人が異動で去っていかれます。そして、6人の先生方をお迎えします。

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 今回の教職員異動でおやっと思ったことがあります。

 岡山県の教職員の定年は60歳なのですが、例外がありました。退職者を3年の任期付き校長として再任用しているんです。赤磐市立山陽西小学校長の中西伸司先生が同市立城南小学校長に任用されています。また、同市立高陽中学校長の平田俊治先生がそのままとどまっておられます。

 昨年に続いての措置なんですが、これが今後の動向となっていくんでしょうね。

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 いよいよ四月を迎えます。月日や曜日とはあまり関係のない生活になじんできていますが、それでも新しい息吹にはどっぷりと浸かってみたいと思うんですがね。

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2016年3月30日 (水)

♪「菜の花畑に…」の歌詞名は? ドライブ中にしばしのアタマの体操…

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 津山盆地(岡山県津山市)をドライブしたんですが、黄色い花に目が奪われてしまいました。田んぼ一面がナノハナで埋め尽くされていたんです。

 典型的な農村風景です。そのとき、ふっと思い出しました。

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《菜の花畑に 入り日薄れ…》

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 子ども時分にくちずさんだ歌詞です。メロディーが一緒にアタマの中を駆け巡ります。


 おっとっと、次が出てきません。あれ、れ…

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《見渡す山の端 霞ふかし》

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 確かにこうだったと、自分に言い聞かせます。しかし、自信がありません。

 ここでアタマを切り替えることにしました。題名を思い出せばあとはすらすら出てくると先を読んだのです。

 あれ、れれ、題名が思い出せません。どうしたことなんでしょう。

 『菜の花畑』?

 『菜の花』?

 『ふるさと』?

 『故郷

 さっぱりです。

 『霞』?

 いえいえ、そんな感じの題名ではありませんでした。

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 じっくりと時間を割くことにしました。

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《春風そよ吹く 空を見れば》

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 そうだそうだ、春風そよ吹くだったな。

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《夕月かかりて におい淡し》

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 あれれ、題名を思い出すヒントは歌詞の中に出てきません。

 いったいどうしたことなんでしょう。もうろくしてしまったのかなと気になります。もう、”傘寿”ですからね。でも、歌詞は何とか出てくるんです。不思議です。

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 ええい、二番の歌詞を思い出せばいいんだと、さらなる挑戦です。

 ええっと、出だしは?

 あっ、そうか、「里わ」だったな…

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《里わの火影も 森の色も

 田中の小路を たどる人も…》

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 なんとか歌詞が出てきます。

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《蛙の鳴く音も 鐘の音も

 さながら霞める 朧月夜》

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 あ、そうか、『朧月夜』なんだ!

 二番の歌詞の最後にやっとキーワードが登場です。

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 目の前に広がっている菜の花畑から連想した懐かしの歌は『朧月夜』でした。

 おっとっと、ここで気になることがあります。漢字の使い方です。原詞ではどう使われているのでしょうか。

①”菜の花畑”の「畑」は「畠」?

②”におい淡し”の「におい」は「にほい」「匂い」「匂ひ」?

③”田中の小路を”の「小路」は「小道」「小径」?

④”蛙の鳴く音も”の「音」は「ね」?

⑤”鐘の音も”の「音」は「おと」?

⑥”朧月夜”の「朧月夜」は「おぼろ月夜」?

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 ああ、あれこれアタマを巡らせていると、菜の花畑の雰囲気が吹っ飛んでしまいます。これじゃあアタマがおぼろ月夜ですよ。

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2016年3月29日 (火)

「JR時刻表」を無料で入手! JR西日本岡山支社管内の駅窓口で…

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 『JR時刻表』といえば書店で購入するのが当たり前だったんですが、何とJR駅窓口で無料で戴くことができました。それも、ポケットにすっぽりと入るハンディな時刻表です。A6判で文庫本の大きさです。

 切符を購入するついでに「時刻表はありませんか」とたずねたら、「どうぞ」と差し出されたのがその時刻表なんです。

 JR西日本支社発行で、平成28年3月1日現在の情報です。

 東海道・山陽・九州新幹線が載っています。したがって、東京と鹿児島中央の間の駅で乗降する際にはすごく便利です。のぞみ、ひかり、こだま、みずほ、さくら、つばめの全列車が掲載されています。

 その上に、岡山支社関連の山陽線、各線が載っています。手元でハンディに使おうというときには便利この上なしです。

 JRの窓口でちょっと声をかけてみると、思わぬ幸せが舞い込むかも知れませんよ。

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2016年3月28日 (月)

竹内流の「愛宕さまのお祭り」(愛宕神祭礼)は7月27日(水)が本番

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 Q:愛宕さまのお祭りはいつ?

 そんな問い合わせが増えてきました。

 竹内家(たけのうちけ)に祭祀してある愛宕神の祭礼です。えっ、愛宕神? ええ、竹内流を創始した竹内中務大輔久盛がその化身から捕手(とりて)五ヶ条と武者搦(むしゃがらめ)を授かったという愛宕神です。二代目が必勝五件を編み出したのも愛宕神のご加護です。以後、代々にわたって祭祀しています。通常は愛宕さまと呼ばれています。流儀の創始に因んだその愛宕さまをお祭りする催しです。

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 毎年、旧暦6月24日に開催していますが、今年(平成28年、2016年)は7月27日(水)が本番です。したがって、祭礼の準備と宵祭りは前日の26日(火)ということになります。

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 今年は創始485周年を迎えます。

 詳しいことは改めてご案内します。

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2016年3月27日 (日)

アセビ(馬酔木)… 草食のほ乳類には毒?

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 「竹内流発祥の地」の史跡石碑近くに植栽されているアセビが花盛りです。ツツジ科アセビ属の常緑高木です。

 アセビを漢字で書くと馬酔木となります。馬が葉を食べたら毒に当たって酔うようにふらつくというのでそう命名したそうです。

 そういえば、草食のほ乳類はアセビを避けるそうです。アセビは食べ残されるといいます。奈良公園のシカはこの木を食べないので、アセビが相対的に多くなっているそうです。

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 ええっ、ほんとかな? わが家で飼っているヤギは警戒をしません。葉っぱであればかまわずにかぶりつくので慌てて引き離す有様です。アセビの近くの草は食べさせないようにしています。

 どうして? 以前、このブログで紹介したことがありますが、アセビを食べて泡を吹いて嘔吐をし、悶え死んでいったヤギを思い出すからなんです。

 アセビは有毒植物です。しかし、庭木などで植栽されることがあります。わが家はまさにそのとおりです。毒部位は、葉、花、茎、樹皮、全株です。

 見た目は美しい花です。白いスズがびっしりと並んでいるようです。その美しさに毒が潜んでいるなんて、とても考えられませんね。

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2016年3月26日 (土)

源義経のおきて破りの真実… NHKBSプレミアム「風雲!大歴史実験」のゲストが…

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 「源平 壇ノ浦の戦い」がやっと決着しました。えっ、ああ、放送後のレビューです。少し長すぎたかなと反省!

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 この番組にゲスト出演したのは次の3人です。

0俳優の高橋英樹さん

0タレントの喜矢武ちあきさん

0歴史学者の本郷和人さん

 司会はNHKの徳田章アナウンサーです。

 おもなコメントを走り書きしてみます。

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◇徳田…壇ノ浦の勝敗を決したのは、水夫討ちに象徴されるおきて破りの戦い?

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◇喜矢武…非戦闘員で服しか着ていない人を射るというのは普通だったらできませんよ。それができちゃうというのは、だいぶ追いつめられた情況なのかなと思います。痛々しい実験ですね。

◇徳田…平家物語には記述があるんですか?

◇本郷…水夫(かこ)、梶取(かんどり)を射よと義経が命令したあります。梶取というのは舵取りのことです。

◇喜矢武…源氏が水夫を討ちだしたら平家としても相手の水夫を狙いましょうということになると思うんですけど、そういった戦いにはならなかったんですか。

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◇本郷…一つの考え方としては、平家のプライドを最後まで捨てなかったんです。それから、平家は物量が足りなかった。もう矢がなくなった。矢を打つこともできなくなったんです。

◇高橋…刀折れ、矢尽き…

◇本郷…単に勝つ、負けるではなくて、武士の美しさみたいな、ルールみたいな…

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◇高橋…この辺から戦いのしかたというのは全面的に変わっていきます。甘いこと言ってられないよ、冗談じゃないよ、という時代に入っていきます。

◇喜矢武…時代が変わっていく中で、切り開くって、新しいことをする人だと思います。今回は、ルールというものが今までと変わってしまって、人を殺めることになってしまったりしたので、後悔とか悲しい思いをした人もたくさんいると思います。ルールというものがないと世の中は駄目なんだと、改めて感じました。

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◇徳田…戦とはいえ、ルールがあった時代とそれが変わってきた時代とがありますが…

◇高橋…戦はやっぱり悲惨なものです。ですから、とにかく勝たなければ、負けたのでは駄目だと義経自身が考えたのではないでしょうか。

◇本郷…義経はこのあと、悲劇的な最期を遂げますね。それはどうしても引っかかります。こういうことと無関係ではなかったのでは。

◇高橋…義経の行為を快く思わなかった源氏の人たちもいるみたいです。

◇本郷…源頼朝殿について行けない奴は俺について来いと、あとで義経は反乱を起こすでしょ。そのとき、誰もついていかなくなりましたね。

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 ああ、そうか、義経に寄り添ったのは弁慶でした。

 このあと、時代は変わっていきます。戦いの様相も大きく変貌します。

 それにしても、潮流説が主流だった源平 壇ノ浦の戦いを大実験で確かめるなんて、度肝を抜く番組でした。

 NHK BSプレミアムのファンになりましたよ。

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 画像は NHK BSプレミアムの番組から引用しました。

 ありがとうございました。

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2016年3月25日 (金)

「源平 壇ノ浦の戦い」に竹内流の組討が登場した不思議… BSプレミアム風雲!大歴史実験

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 源氏軍は、壇ノ浦の戦いで接舷移乗戦を優位にしました。それは武家相撲のたしなみがあったからではないかと番組では想定しました。

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 えっ、武家相撲?

 『曽我物語』や『古今著聞集』には相撲の描写があります。しかし、現代の相撲のイメージとは異なっています。戦場での組討ちを想定した、実践的な武家相撲です。

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 しかし、ここで難題が降りかかります。武家相撲なるものが現代には存在しないのです。そこで、組討ちとはどんなものであるかをイメージするための武術を探しました。そこで的の矢が当たったのが竹内流(たけのうちりゅう)です。

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 竹内流は今から485年前の天文元年(1532)に竹内中務大輔久盛が編み出した古流武術です。戦国時代の組討ち、捕手腰廻小具足を中核にした総合武術で、柔術の源流ともいわれています。

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 壇ノ浦の戦いは元暦2年(1185)のことですが、それから350年ほど経った群雄割拠の戦国時代に編み出された古流武術・竹内流(たけのうちりゅう)が岡山県の竹内家に伝わっています。古くからの組討ちの技法を今に伝承しているのです。

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 そこで大実験ならぬ、大公開です。

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 合戦と言えば長い槍で突いたりや太刀で斬り倒したりするイメージを浮かべます。いわゆる長物戦(ながものせん)です。

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 しかし、敵の胸倉をつかんだり腕をとったりして組み伏せる武芸があります。組討ち戦です。手柄を上げるためには敵の首を取ります。鎌倉時代や室町時代にはこのような組討戦が行われていました。

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 おっとっと、ここで試合をするわけにはいきません。竹内流では組討ちの型・形を伝えていますが、技を試すことは禁じています。護身のための窮余の際は別として、相手に危害を加えないのが流儀の精神です。竹内流の経験者と非経験者を格闘させることができません。

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 ああ、それで組討ちの大実験ではなくて大公開ということだったんですね。「源平 壇ノ浦の戦い~源義経、おきて破りの真実~」だというのに、時代が違いすぎると思いましたよ。組討ちのイメージ映像だったんです。

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 源義経は船の舵を取る梶取(かんどり)を討てと命令したということですが、無防備な者を討つというのはおきて破りです。また、組討ちによって敵の首を取ることが通例になっていきます。そうせざるを得ない世相になっていくのです。

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 しかし、世の中は不思議なものです。群雄割拠の戦国時代には捕手(とりて)の精神が生まれます。敵の武将を生け捕りにする術であり心得です。そのためには長物戦よりも組討ち戦の方がはるかに有利でした。竹内流はその流儀の一つです。

 義経のおきて破りは、移り変わる世相の一つの転機だったのですね。

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2016年3月24日 (木)

源氏を有利にした戦い方は「組討ち」? 風雲!大歴史実験「源平 壇ノ浦の戦い」

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 源平合戦壇ノ浦の戦いで源氏軍を有利に導いた戦い方は?

 大実験によりますと、潮流の変化が要因ではありませんでした。弓矢による水夫打ちも決定的な勝因ではありませんでした。

 では、どうして源氏軍は勝利をつかむことができたのでしょうか。

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 『蒙古襲来絵詞』は源平合戦よりも後代のものですが、元寇(げんこう)の船戦の様子が描かれています。その中に、船に乗り込んで蒙古の兵を押し倒し、首を取ろうとする武士の姿があります。鎌倉幕府の御家人・竹崎季長です。自分の功績をアピールするために描かせたものです。船上での白兵戦に勝って敵を倒し、恩賞の獲得を目指す武士の姿です。

 接舷して移乗し、自分のペースで優位に戦いを進め、最後には格闘で勝つというパターンです。取っ組み合いです。番組は、源氏軍が船上での格闘技、組討ちに強かったのではないかと想定しています。

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 そこで番組は新しい視点を設けました。源氏軍に参加した武士たちは平家にはあまり馴染みのない武芸をしていたのではないかというのです。「武家相撲」です。

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 鎌倉武士たちの間では武家相撲が隆盛していました。相手を投げ飛ばしたり肩の骨を折ったりと、戦場での組討ちを想定した実践的な格闘技です。

 壇ノ浦でも船上での戦いの最後には接近戦になっています。敵の武将を倒して首を討ち手柄をあげるためには、武家相撲のような格闘技を修錬しておく方が有利です。源氏軍はこのような組討ちの武芸に優れていたのではないかというのです。

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 おっ、ここで組討ちの大実験! というのが流れでしょうが、番組は古武道竹内流(たけのうちりゅう)の組討ちの紹介へと展開します。

 えっ、どうして? 竹内流が編み出されたのは源平合戦よりも350年も後の戦国時代です。それなのにどうして竹内流が登場?

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2016年3月23日 (水)

揺れる船上で弓矢を射る実験… 源義経はおきて破りで平氏に勝った? BSプレミアム風雲大歴史実験

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 源義経は壇ノ浦で常識破りの奇策に出ています。

 平家物語には、《船頭や水夫たちは射殺され斬り殺されて船を操作することもできず、船底に倒れ伏してしまった》と描かれています。これは、源平合戦以前のルールとは大きく違っています。

 ええっ、それはどんなルール?

〔第一〕約束した時間と場所で戦うこと

〔第二〕戦い方をお互いに相談して決めること

〔第三〕非戦闘員は攻撃しないこと

 このような一定のルールのもとで武士は戦っていたのです。まるで現代のスポーツのようです。ところが源義経軍はそんなことはお構いなしで平家軍に弓矢を射たというのです。そうせざるを得ない事情に追い込まれていたようです。

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 船頭や水夫たちは海の戦いのために雇われています。武士でもなければ武器も持っていません。そこへ弓矢を向けるというのは戦いのルールを逸脱したおきて破りだというのです。

「義経、そこまでやるのか! ああ、武士の戦い方もすっかり変わってしまった」と平知盛。

「知盛、悪く思わないでほしい。これが新しい戦い、これが新しい時代なのだ」と源義経。

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 ここで大実験です。

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 平知盛ひきいる平家の船が一艘用意されました。屈強な平家の水夫が船を漕いでいます。

 これを射るのは弓馬軍令故実武田流の3人の名人です。

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「的の方が揺れるだけでなく自分の方も揺れるので、いかに安定性を保てるかというのがポイントです」と名人。

 3人の乗る船から平家の船までは50m。普段の弓道の競技は60mですので少し短い設定です。陸上なら十分ねらえる距離なんですが、自分の船も敵の船もゆらゆらと異なるリズムで波に揺られています。

 さて、その結果は…

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 3人が放った12の矢は5つが的中しました。腰、腕、お腹、頭などに命中し、致命傷です。

 その様子は、《船頭や水夫は弓矢で射られ、船は操作することもできなくなった》と『平家物語』に描かれています。

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 今回の実験では平家の船までは50mですが、実際にはさらに近づいて戦ったのかも知れません。そうなると、弓の名人でなくても勝利を得ることができたに違いありません。

 どうやら、源義経の戦い方は従来とは相当違ったものになってきているようです。一定のルールのもとに戦うというのではなくて、新しい時代の戦法に変容していきます。その戦法は、鎌倉時代、室町時代を経て江戸時代へと大きく様変わりをしていくんです。

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2016年3月22日 (火)

後ろ向きで弓矢を射る大実験… NHK BSプレミアム 風雲!大歴史実験

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 合戦絵巻には馬上から後ろ向きで弓矢を射る場面が描かれています。でも、それは可能だったのでしょうか。先般の大実験では、馬上から真正面の的を射当てることは至難の業でした。残念ながら9発中ゼロでした。それなのに後ろ向きとなればなおさら難しくなるのではないでしょうか。

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 そこで大実験です。実験に参加するのは弓馬軍令故実武田流の3人の名人です。

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 的を通り過ぎてから振り向いて矢を射ます。

 あ、体の向きに注目です。ひねっています。後ろを振り返って弓を構えているんです。

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 実験結果は、9射のうち4射が的中しました。

 名人の話では、後ろを振り向いて射る分は意外と見やすいそうです。向かってくる的よりも過ぎていく的を見る方が視界に入ってきやすいのです。

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 弓を構えて的をねらいながら追い抜いた結果、自然と体全体をひねって射ているんです。馬の上からあらゆる方向の敵をねらうためには、日頃から馬上で体をひねる訓練を積む必要があったでしょうね。

 ここでまとめてみます。

 馬上から真横の的を射て的中できる確率はほぼ100%です。

 真正面の的に的中させる確率はゼロです。

 後ろを振り向いて的中させる確率はほぼ50%です。

 これはあくまでも3人の名人の場合ですが、こんなことが分かっていたら戦法も変わってくるでしょうね。

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「馬に乗っていて、しかも腰を自由に操るというのは一朝一夕にはいきませんよ」と徳田章アナウンサー。

「まして、鎧なんかを着ていたら重いですから」と俳優の高橋英樹さん。

 それにしても、武田流の名人があそこまで到達されているのはすごいと絶賛の声があがっていました。

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2016年3月21日 (月)

走る馬上から静止した真正面の的を射る大実験… 風雲!大歴史実験「源平 壇ノ浦の戦い」

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 合戦絵巻の中には、馬をまっすぐに走らせながら正面の敵を見事に射落としている場面があります。的が正面にあれば弓矢で射やすいのでしょうか。

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 では実験です。弓馬軍令故実武田流の流鏑馬(やぶさめ)名人の挑戦です。普段は真横の的を射ている名人の方は、正面にある的だったら百発百中なのでしょうか。

 的は動きません。好成績が期待されます。

 しかし、実験の結果は意外でした。

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 なんと、正面の的を射ることは9射すべてに失敗してしまいました。流鏑馬の名人にとっては真正面に静止している的を射ることは簡単なはずなんですがねえ。いったい、どうしたことなんでしょうか。

 目のつけどころは腰にあるようです。普段の流鏑馬のときには的が真横にあるので、ほとんど腰をひねらない姿勢で矢を射ています。移動している的を射るときも横にきてから矢を放っていましたので、ほとんで同じ姿勢で射ることができました。しかし、正面の的を射るときには、弓を引くときに手だけではなく上半身全体を的に向かって大きくひねらなければ正確に射ることができないのです。

 ああ、そうか、体をひねらないで手を的に向けています。そのために窮屈な姿勢になってねらいが定まらなくなってしまったのです。

 流鏑馬の名人は普段はこんな修錬はされておられません。無理からぬことです。その必要はありませんよね。

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 それにしても、簡単なように思えることでも案外難しいもんですねえ。 NHK BSスペシャル 風雲!大歴史実験って、とてつもない実験をするもんです。

 では、敵が後ろにいる場合はどうなんでしょうか。正面よりは難しいはずなんですがねえ。

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2016年3月20日 (日)

馬上から動く的を弓矢で射る大実験… 風雲!大歴史実験「源平 壇ノ浦の戦い」

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 源平合戦以前の戦場の様子が「前九年合戦絵詞」(上図)に描かれていますが、当時の戦の中心は馬に乗って敵を追いかけて矢を射ることでした。

 そこで、馬上からの弓射の実験です。

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 弓馬軍令故実武田流の皆さんは流鏑馬(やぶさめ)の名人です。

 0小池義明さん

 0秋山和義さん

 0有本大輔さん

 流鏑馬の特徴は…

①的が動かないこと

②的が真横にきたときに矢を放つこと

 この二つです。3人が3発ずつ射たんですがすべて命中です。確率100%とは見事です。

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 さて、流鏑馬は的が静止した状態ですが、的が動いているときにはどうなんでしょうか。動く的を射る馬上からの弓射実験です。

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 的は動くラジコンカーに取り付けました。時速30㎞以上です。実際には34㎞でした。これを逃げる敵に見立てて追いかけながら矢を放つのです。

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 その結果、9射のうち4射が的中しました。半分近くが当たったことになります。なかなかの成績です。

 実際の合戦ではこの調子だったのでしょうね。

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 おっと、待ってくださいよ、そうとばかりは限りませんよ。

 的は確かに動いているんですが、横にきたときに射ています。では、真正面にあるときはどうなるんでしょうか。逆に、後ろにあるときはどうなんでしょうかね。

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2016年3月19日 (土)

源氏軍は海上の平家軍を弓矢で攻めることは可能? 那須与一の扇の的で大実験!

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 大歴史実験の結果は意外でした。壇ノ浦の戦いで源氏が平家に勝ったのは潮の流れが反転したからだという定説は決定的な理由とはなりませんでした。

 では、どうして?

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 番組は源義経(1159~1189)の兄・源範賴(?~1193)の軍に目をつけました。海岸に控えていたのです。源氏軍は海には慣れていません。だったら陸から攻めればいいのです。

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 源氏軍には弓の名手がいます。那須与一(生没年未詳)です。

 壇ノ浦の戦いよりも4ヶ月前の屋島の合戦で一躍有名になった扇の的の主人公です。平家軍の舳先につけられた扇の的を見事に射落として敵味方から拍手喝采を浴びました。その那須与一に因んでの大実験です。

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 まあ、洒落たネーミングですねえ。有効射程距離実験「那須与一扇の的」です。実際には70mの距離だったのでこれで実験です。

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 挑戦者は…

◇2015年度全日本弓道遠的選手権優勝の

 曽山良和さん

◇国体遠的優勝3回の

 上野隆夫さん

◇国体遠的優勝3回の

 広實佳祐さん

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 見事に当たって扇は落ちたのですがVTR判定してみると残念! 実際には木の棒に刺さっていて扇には命中していませんでした。惜しい場面の連続です。その結果は、的中ゼロでした。しかし、拍手を送ります。60m以上の競技はないそうですが、よくもまあこれだけの射的ができたものだと感心します。

 海岸の源氏軍から平家の船までの距離は300mもあったそうです。これでは弓の名人がいても至難のわざですね。

 この実験の結果、弓矢で陸上から海上の平家軍を討つことは困難であったことが分かります。

 それにしても、念の入った実験ですね。小学生や中学生の理科の実験ではなくて、まさに「おとなの実験」です。

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2016年3月18日 (金)

源平壇ノ浦の戦いでの「潮流反転説」はほんと? NHK BSプレミアム 風雲!大歴史実験で意外な結末…

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 ええっ、山口大学ボート部の皆さんが壇ノ浦の潮流に挑んで玉入れ合戦? 潮流実験「壇ノ浦 玉入れ合戦」です。 

 3月18日(金)にNHK BSプレミアム「風雲! 大歴史実験」はまあ、なんとも奇抜な大歴史実験でした。弓矢の代わりに玉入れで源氏と平家の勝敗を決めてみるというんです。

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 第一回戦は潮の上流側が紅組の平家です。

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 平家側は楽々と舟をこぎますが白組の源氏側は苦戦です。玉入れの結果は…

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 紅組平家側10 個、白組源氏側4個です。やっぱり、潮の上流側の方が有利です。平家の勝ちです。

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 第二回戦は潮の流れが反転しての合戦です。上流が白組の源氏です。源氏側は楽々と舟をこぎますが紅組の平家側は苦戦です。前回とは全く逆です。そして玉入れの結果は…

 紅組平家側9個、白組源氏側3個です。あれれ、玉数は下流側の平家の方が勝っています。上流側の源氏の方が負けています。いったいどうしたことなんでしょうか。潮流説によれば上流に位置している白組の方が勝つはずなんですがねえ。

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 九州大学名誉教授(海洋物理学)の柳哲雄さんによれば、流れに乗っていようが逆らっていようが舟の相対的位置は変わりません。潮流がどっちに流れていても勝敗を決める基本的な原因にはならないそうです。

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 あ、そうか、舟が接近した状態では潮の流れに関係なくカゴ(タモ)をめがけて玉入れができます。列車の中で両者が玉入れをしているような状態なんだと番組ではコメントがありました。なかなか巧い表現です。ということは、勝敗は潮の流れが原因ではない? そんな疑問が起こります。

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 東京大学教授(日本中世史)の本郷和人さんによれば、『平家物語』や『吾妻鏡』なの史料があるんですが、潮流反転説は全く出てこないそうです。林原美術館(岡山市北区丸の内)所蔵の『平家物語絵巻』ももちろんそうです。潮流説は大正時代の学会で偉い学者が言われてからなるほどそうだということになったようです。分かりやすい話です。わが輩もそう信じていました。

 これが現在の学校教育で堂々とまかり通っています。もちろん、NHK大河ドラマもそうです。

 何かしら、ちょっと変な感じがします。確かに変です。源平合戦壇ノ浦の戦いは潮流説では説明がつかないのです。だから大歴史実験なのですね。

 では、源氏はなぜ平家軍を討ち破ることができたのでしょうか。謎は深まります。

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2016年3月17日 (木)

竹内流(たけのうちりゅう)柔術腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)による源平合戦の組討ちイメージ! NHK BSプレミアム「風雲!大歴史実験」

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 NHK BSプレミアム 風雲大歴史実験の第三弾「源平壇ノ浦の戦い~源義経、おきて破りの真実~」の後半に、竹内流(たけのうちりゅう)の組討ちが登場します。

 竹内流は天文元年(1532)に美作国一ノ瀬城主竹内中務大輔久盛によって創始された武術です。壇ノ浦の合戦から350年も経った戦国時代生まれなのですが、腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)などの組討ちを今に伝えています。

 この組討ちにBSプレミアム「大歴史実験」は目をつけました。組討ちとはどんなものなのをイメージしていただくためだそうです。

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 竹内流は元々狭い山間部での戦闘に有利な組討ちです。となれば、壇ノ浦の戦いでは接舷移乗戦が行われていますので、狭い船上や船内では長い打物(うちもの)を振り回すよりも組討ちの方が有利だったのではないかという発想です。そこで、竹内流が登場というわけです。

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 演武協力は竹内流相伝家一門です。

◆インタビューのコメントは…

 0竹内藤十郎(本名・竹内武夫)

 竹内流相伝家十三代目です。

 戦国時代生まれの竹内流なんですが、それよりも350年も前の源平合戦についてどんなコメントをするんでしょうか。

道着での演武は…

 0竹内秀将 vs, 竹内勢至

 いずれも、竹内流師範代です。

 腰廻小具足の演武です。平素の稽古着のままでの演武です。組討ちのイメージを描いていただけるでしょうか。

◆鎧着用での演武は…

 0多賀俊郎 vs, 國政知宏

 いずれも竹内流師範代です。

 鎧通しなどの小刀を駆使する組討ちが、狭いばでの合戦では太刀を振り回す打物戦(うちものせん)よりも優位になることが理解できるでしょうか。

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 いよいよ本番(3月18日夜7時30分~9時)です。壇ノ浦の合戦から350年を経た戦国時代の組討ちなんですが、組討ちの戦術がどんなものであるのかは十分に想像することができるはずです。

 司会は、徳田章アナウンサーです。

 ゲストは、俳優の高橋英樹さん、タレントの喜屋武ちあきさん、歴史学者の本郷和人さんです。

 さて、どんな結論になるのでしょうか。楽しみです。

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2016年3月16日 (水)

源平合戦壇ノ浦の戦いでは源氏軍が組討ち戦を優位に? BSプレミアム「風雲!大歴史実験」…

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 壇ノ浦の潮の流れが変わっただけで源氏は平氏に勝てるのでしょうか。これは定説となっているんですが、番組は大歴史実験に挑戦します。

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 弓矢で攻撃する手がありますが、壇ノ浦でこの戦術は通用したのでしょうか。日本弓道連盟や弓馬軍礼故実武田流の皆さんの協力で大歴史実験です。また、武道振興会倭式騎馬會の皆さんの協力もあります。

 おっとっと、ここで注目すべきことがあります。当然のことながら、源氏軍は平家軍に接舷します。そして移乗戦が行われます。そこではいったい何が行われたのでしょうか。

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 鎌倉幕府の前半を扱った歴史書に『吾妻鏡』(あづまかがみ)があります。平安時代には優秀な武士は弓馬の達者だということだったのですが、これに相撲が加わっています。つまり、源平時代を経て相撲が武士の必須の技芸となったのです。その目的は、戦場での組討ちの練習ではなかったかというんです。

 鎌倉時代中期の説話集『古今著聞集』(ここんちょもんじゅう)には、源平合戦で主力として戦った畠山重忠(1164~1205)の相撲の描写があります。相手を投げ飛ばしたり肩の骨を折ったりなど今の相撲とは全く違った格闘技です。戦場での格闘技を想定しています。いわば、実践的な「武家相撲」です。

 この武家相撲のたしなみが組討ち戦を優位に進めたのではないでしょうか。これがBSプレミアム「風雲!大歴史実験」の大きな仮説です。

 番組のゲストは俳優の高橋英樹さんやタレントの喜屋武ちあきさん、歴史学者の本郷和人さんです。お、そうそう、大歴史チャレンジャーのおほしんたろうさんもVTR出演です。

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 ええっ、「組討ち」ってどんなもの?

 そこで番組に登場するのが「柔術の源流」と呼ばれている竹内流(たけのうちりゅう)柔術 腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)です。岡山県北区建部町角石谷の竹内家(竹内藤一郎家・竹内藤十郎家)が伝承している武術です。

 今回は、竹内流相伝家(竹内藤十郎家)一門が出演します。

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2016年3月15日 (火)

壇ノ浦の戦いで源氏軍が平家を破ったのは潮流の反転? NHK BSプレミアム大歴史実験…

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 3月18日(金)放送の大きなテーマである源平合戦の壇ノ浦の合戦といえば源氏と平家の戦いなんですが、そのトップは誰?

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 源氏軍は源義経(みなもとのよしつね、1159~1189)が率いていました。一ノ谷、屋島、壇ノ浦で平氏を破るなど、実戦部隊の指揮官として戦功を立てました。後に兄の源頼朝(みなもとのよりとも、)と不和になり、ついには非業の死をとげた、あの義経です。

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 平家軍の大将は平宗盛(たいらのむねもり1147~1185)です。平安時代末期の武将です。平清盛(たいらのきよもり、1118~1181)の子です。壇ノ浦の戦いで源義経の率いる源氏軍に敗れ、弟の平知盛(たいらのとももり、1152~1185)は安徳天皇はじめ一門の女性とともに入水し、宗盛は後に捕らえられて平家は滅亡してしまいました。これで平安時代は終焉となって鎌倉時代へと向かうのですが、その転機となる平家の中心人物です。

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 では、源氏軍はなぜ平家軍を破ることができたのでしょうか。

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 元暦2年(1185)3月24日、関門海峡の下関側にある壇ノ浦の沖合で合戦が行われました。四国の屋島を追われた平家軍は壇ノ浦で源義経の軍勢を迎え撃ちました。初めは有利だったんですが、途中で潮流が変わり、流れに乗った源氏が攻勢に転じたために平家の舟は自由を失って敗れたといわれています。これを山口大学ボート部の皆さんの協力で大実験です。

 おっとっと、このほかにも山口県長門市や宇部市、下関市の皆さんがVTR出演されます。

 さて、その実験の結果はどうだったのでしょう。楽しみです。

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2016年3月14日 (月)

NHK「風雲!大歴史実験 源平壇ノ浦の戦い~高橋英樹」は BSプレミアム本番の予告?

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 NHK BSプレミアムで3月18日(金)夜7時30分~9時に「風雲!大歴史実験 源平壇ノ浦の戦い~源義経 おきて破りの真実~」が放送されます。

 これに先だって、ゲストの高橋英樹さんからお話しを聞く番組があります。「風雲!大歴史実験 源平壇ノ浦の戦い~高橋英樹」です。

①NHK G(総合)午後0時20分~45分

②NHK BS1午後2時~25分

③NHK BSプレミアム午後4時~25分

 大々的ですな、こりゃあ。

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 源義経が率いる源氏軍は栄華を誇る平家を壇ノ浦で滅ぼしました。海に慣れない源氏軍が海戦が得意だった平家に勝てたのはなぜでしょうか。

 そこで大実験です。その背景には、新しい武士たちの台頭がありました。日本人の意識の変化がありました。それら歴史のおもしろさや番組の見どころについてゲストの高橋秀樹さんがおしゃべりしてくださいます。

 何はさておき、本番はどんな番組なのでしょうか。どうやら、大仕掛けな番組のようです。

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2016年3月13日 (日)

『月刊秘伝』Face-bookの動画に載っている「竹内流柔術 腰廻小具足」の演武内容・演武者

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Q「どうして『月刊秘伝』のFace-bookに竹内流(たけのうちりゅう)が載っているんですか」

A「5月号で”体術と武器操法の関連性”を追究します。そこで”柔術の源流”といわれる竹内流を解剖しようという構想です」

Q「へえっ、なんか難しそう」

A「いえいえ、百聞は一見にしかず。まずは、動画を見て竹内流ってどんなものなのかをご覧ください」

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 というわけで、『月刊秘伝』(株式会社BABジャパン)5月号の発売に先駆けての動画サービスです。

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 動画で取り上げている演武は…

①「たちまちはなるる」(忽離之事)

  竹内秀将 vs. 竹内智隆

  文政道場前庭での演武

②「こいのみずいり」(鯉之水入之事)

  小見山秀樹 vs. 神崎順子

  昭和道場での演武

③「わきざしおとしで」(脇差落手之事)

  竹内秀将 vs. 竹内勢至

  文政道場での演武

 この3つの型・形だけです。

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 取材では、腰廻小具足、羽手、剣法斉手、棒術、殺活穴処など多岐にわたりました。その一部が動画で公開されたのです。

 さて、『月刊秘伝』5月号にはどんな記事が載るんでしょうか。楽しみです。

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2016年3月12日 (土)

『月刊秘伝』が竹内流柔術 腰廻小具足を取材… 動画をFace -bookで公開

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 武道・武術の秘伝に迫る独特の編集をしている『月刊秘伝』(BABジャパン)が竹内流相伝家道場(岡山市北区建部町角石谷)へ取材に来られました。

 竹内流(たけのうちりゅう)といえば天文元年(1532)に竹内中務大輔久盛が創始した古流武術です。捕手腰廻小具足(とりて・こしのまわりこぐそく)が流儀の中核なんですが、この武術をとおして武器技法と徒手体術の相関性を探ろうとする企画です。

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 現在、編集作業の最中です。いずれ5月号で紹介されるはずです。

 これに先だって、動画「竹内流柔術 腰廻小具足」がFace-bookで紹介されています。

 竹内流ってどんな武術なのでしょうか。次のキーワードで検索してみてください。3月10日15:25発信の動画です。

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 ⇒ 月刊秘伝 Face-book

 ⇒ https://www.facebook.com/Hiden.Budo.Japan/

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 演武の内容や演武者などについては次回で紹介します。

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2016年3月11日 (金)

竹内家伝来の「三徳抄」(さんとくしょう)の心を竹内(たけのうちりゅう)流の稽古で会得… 「智仁勇」

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 戦国時代に創始された「竹内流」(たけのうちりゅう)は「柔術の源流」といわれています。また、「作州で棒をふるな」と親しまれています。そう聞くと古流の術技という感がします。

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 確かにそうなんですが、竹内流は精神に裏打ちされています。「三徳抄」(さんとくしょう)の教えはその一つです。竹内流四代目竹内藤一郎久次がまとめあげました。300年ほど前のことです。

 『三徳抄』(竹内家所蔵)は「智・仁・勇」の三徳を説いた書です。冒頭写真はその表紙です。創流350周年の頃にその全文を小冊子にして竹内流顕彰会から頒布しましたのでお馴染みになっています。

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 「抄」という言葉がありますが、元々は孔子の教えを藤一郎久次師範が高弟にひもとくためにまとめた冊子です。四代目なりに智仁勇とは何かを説いているのです。「心ニ疑ナキハ知ナリ」という調子です。高校や大学の授業を思い出してしまいます。高弟は座机に向かって講読を受けたり臨書したりしたそうです。しかし、初心者には稽古の中でさりげなく智仁勇を説くことになっています。

 智とは何でしょう。仁とは? 勇とは?

 竹内家に伝わってきた「三徳抄」の心が稽古の中で具体的に会得できたらいいですね。

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2016年3月10日 (木)

竹内流相伝家道場に「三徳兼備」の書が掲額されて… 本體楊心流宗家皆木三郎先生の書

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 何と書いてあるんですか、「三」だけは読めるんですが。竹内流相伝家道場(岡山市北区建部町角石谷)に掲額されている書を見て、ほとんどの人が気にされるんです。冒頭写真のような書ですが難読です。

 さて、あなたは読めるでしょうか。

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 四字熟語の「三徳兼備」(さんとくけんび)です。

 えっ、「さん・とく・けん・び」?

 左側から読んでいきます。「三」「徳」「兼」「備」です。三つの徳を兼ね備えているという意味です。もちろん、三徳とは「智」「仁」「勇」です。 本體楊心流十七代宗家皆木三郎先生の書です。

 どうして本體楊心流の先生の書が掲げられているの? 実は、本體楊心流の二代高木馬之輔重定は竹内流三代目竹内加賀介久吉と津山藩の森公の御前で試合をしたことがあるんです。300年以上も前の話なんですが、その後竹内流の門下となり、元々は開祖高木折右衛門重俊が始めた「楊心流」を「本體楊心流高木流(柔術)」とし、その後、「九鬼神流(棒術)」との交流を経て、現在の本體楊心流となっています。そんな縁があるんです。今は井上剛宗俊先生が十八代宗家を継いでいらっしゃいますが、その先代に当たる皆木先生の書なんです。

 皆木先生のふるさとは岡山県です。そのご縁で先代(わが輩の父)が親しくおつき合いをしていたんです。ほっそりとしたお顔の風貌が今でも目に浮かんできますが、ぴっと止まる木刀の切っ先が印象的でしたね。

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2016年3月 9日 (水)

四字熟語「三徳兼備」の「三徳」とは?

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 「三徳兼備」(さんとくけんび)の「三徳」とは? すぐに答えられますか。

 山陽新聞一面に「さん太のさん考書」というQ&Aコーナーがあります。

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Q質問:四字熟語「三徳兼備」の三徳とは、智(ち)と仁(じん)と、もう一つの徳は何かな?

 ①信 ②義(ぎ) ③勇

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 さて、その答えは?

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A答え: ③勇

 「中庸」(ちゅうよう)という書物に、「三徳」とは、智、仁、勇だと言っているよ。

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 そうなんです、「三徳兼備」の三徳とは「智仁勇」なのです。

 あ、そうそう、竹内流ではこの「三徳」についての修業もあるんです。竹内流相伝家道場を訪れたら3個所以上で「三徳」の文字に遭遇しますよ。

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2016年3月 8日 (火)

庭先のスイセンが茎を伸ばして… 俳句「水仙の便り…」

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 竹内流相伝家道場(岡山県)の前庭の綠に変化が現れました。スイセンの葉っぱの間に花芽が伸びているんです。

 房総半島(千葉県)などはスイセンの花盛りだというのに、やっと花芽を持った茎が伸びてきたとは悠長なもんですな。

 スイセンは、元々は暖地の海岸などに生えて冬から早春にかけて咲く植物です。ヒガンバナ科スイセン属です。我が家の庭先などのものは園芸種です。

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 とかなんとか言っても、気候の違いもありましょうし、種類も様々でしょうし、まあ、春がやってきたという季節感が漂ってきました。

 そこで一句…

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 水仙の便り届きし母の庭

           たけお

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 庭の手入れといえば女性です。母の思いが地上に春を届けているんです。

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2016年3月 7日 (月)

金沢の兼六園の魅力は「ことじ灯籠」「霞ヶ池」と「雪吊り」…

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 金沢の兼六園(石川県金沢市)は、岡山の後楽園(岡山市北区)、水戸の偕楽園(茨城県水戸市)とともに「日本三名園」の一つです。「三大」ではなくて「三」です。国の特別名勝です。

 江戸時代の林泉回遊式庭園です。昨日の記事で紹介したのは春景色でしたが、冒頭写真は秋景色です。「ことじ灯籠」のそばにある紅葉の古木が鮮やかに色づいています。そして、霞ヶ池の水面に映っています。

 兼六園といえば、この「ことじ灯籠」と「霞ヶ池」は象徴です。

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 これに「雪吊り」の冬景色が加わったら兼六園の三種の神器です。

 あれれ、そういえば、岡山の後楽園も水戸の偕楽園もこんな景色を真似することはできませんね。それぞれ特徴があります。だからこそ、国の特別名勝としての価値があるんですね。

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2016年3月 6日 (日)

金沢の「兼六園」(石川県金沢市)といえば灯籠? 霞ヶ池の「ことじ灯籠」は…

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 2月は「に」がつくけんすぐ「にげて(逃げて)しまう」と子ども時分に言っていたのを思い出すんですが、もう3月もだいぶ経ちました。どうもこの頃は、月日の経つのが早く感じられます。

 あれれ、トイレで毎日眺めているミニ・カレンダーの写真はどことなく春めいています。

 ここはどこ?

 ヒントは「灯籠」です。この灯籠が画面にあったら金沢の「兼六園」です。わが輩のアタマの中では「雪吊り」のイメージが強く残っていますが、年中を通じて兼六園を象徴するのが灯籠です。

 写真は霞ヶ池の水景です。日本三名園の一つ、兼六園を代表する景観です。

 灯籠は足が二股になっていて、琴の糸を支える琴柱(ことじ)に似ています。そこで「ことじ(徽軫)灯籠」と名づけられています。

 水面を照らす雪見灯籠が変化したもので、高さは2.67mもあるそうです。今は早春ですが、秋になって背景の紅葉の古木とコラボレートしたらより興趣が増すことでしょうね。

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2016年3月 5日 (土)

啓蟄(けいちつ)の「虫」ってどんな虫? テントウムシは? カエルは? ヘビは? 

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 あれっ、あれはキチョウ? 竹内流相伝家道場の庭先で黄色いチョウが一羽だけ舞っていました。

 二十四節気の一つ「啓蟄」(けいちつ)は、今年は3月5日です。冬ごもりをしていた虫が出てくるという時期です。

 キチョウはその虫なのでしょうか? 虫には違いありません。昆虫です。シロチョウ科キチョウ属の昆虫です。

 チョウであればタマゴからサナギになり、羽化してチョウになるはずですがねえ。ちょっと早過ぎはしませんか。

 おっとっと、キチョウは成虫で越冬するんです。それが少し暖かくなってきたんでひらひらと舞っていたのです。突然の驚きです。

 まあ、冬ごもりをしていたキチョウが出てきたと思えば、啓蟄の実感がわいてきます。では、その虫っていったいどんな虫なんでしょうか?

 テントウムシは? カエルは? ヘビは?

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 啓蟄の「虫」はいわゆる昆虫の意味よりはもっと広いはずです。広辞苑には、本草学(ほんそう)で、人類・獣類・鳥類・魚介以外の小動物の総称とあります。あれれ、そうしたらテントウムシはもちろん、カエルもヘビも虫ということになります。

 「啓蟄」といえば、まあ、自然界の小さな生き物が活動を始め出す時期だということなんですね。

 あれっ、「腹の虫がおさまらない」って? そんな虫は出て来ては駄目ですよ。

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2016年3月 4日 (金)

「啓蟄」が読める? 書ける? どんな意味?」

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 今年の3月5日は二十四節気の「啓蟄」です。

「これ、何と読む?」

 高島暦の2月のページを開いてじいちゃんに”啓蟄”を指されたけんちゃんはうーんとうなりました。

”啓蟄”は”けいちつ”だよ」

 そう言われても、けんちゃんはさっぱり分かりません。

「啓蟄の”啓”は開くという意味だよ。出てくるということ」

「……?」

「啓蟄の”蟄は”虫などが土の中に隠れ閉じこもっているということなんだ。”虫”があるのが面白いね」

「……?」

 さっぱりです。じいちゃんは独りよがりでしゃべっています。

「要するに、冬ごもりの虫が這い出るってことだよ」

 けんちゃんの目玉がくるりと回って輝きました。

「じゃあ、じいちゃん。”けいちつ”を漢字で書いてみて!」

 あれれ、目をぱちくりしたのはじいちゃんでした。

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 さて、「けいちつ」を漢字で空中書きしてみませんか。

 書けそうなんですが、案外書けないもんですねえ。

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2016年3月 3日 (木)

スイセンの葉っぱだけが目立つ竹内流道場の庭で吟行… 俳句「水仙をはらみし…」

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 春がやって来ているんですが、どこに来ているのか分からない日が続いています。防寒着をくるんで竹内流相伝家道場(岡山市北区建部町角石谷)周辺を散策していたんですが、前庭の片隅に目をやったときです。今まで気づかずにいたんですが、綠が目に飛び込んできました。

 お、勢いよく伸びているなあ。これ、スイセンの葉っぱじゃないですか。

 そうなんです、春になると黄色い花を咲かせるスイセンなのです。が、地面から伸びているのは葉っぱだけで、20㎝くらいの丈になっています。

 春です。ここには確かに春がやってきています。周辺を見回してみました。でも、地面から伸び出た葉っぱはこれだけなんです。

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 ここから吟行です。あれやこれやと観察です。

 よく見ると、葉っぱは肉厚です。ふくよかなエネルギーをたっぷりと蓄えた感じです。綠が鮮やかです。ぐんと伸びようとする勢いがあります。この中にスイセンの姫が眠っているんだなあと空想します。

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 水仙を

 孕みし庭の

 綠かな

    たけお

 ※「孕む」=はらむ(胎内に子を宿す)

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 綠の包みの中からはスイセンの茎が伸び、やがては開花するはずです。綠はまさに、スイセンの姫を孕んでいるかのように輝いていました。

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2016年3月 2日 (水)

「会葬お礼の言葉」の書き方… 感謝の言葉に感動! 

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 初めてです、こんな会葬礼状をいただいたのは。「心からの感謝」と題するリーフレット状はがきには、喪主の心情が綴られていました。

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「今までありがとう どうぞ安らかに」

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本田技術研究所に勤めながら、我が家を支えてくれた夫は、一緒にいて居心地の良い、とても温厚な人でした。

忙しい暮らしの中でも時間を見つけ、難しい本を幾つも読んでいた読書家の夫…こよなく愛したクラシック音楽に耳を傾けていた様子も懐かしく思い出されます。

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恐竜の大好きな息子を連れ、毎年家族で福島県いわき市にある化石関連の施設を訪ねた過ぎし日々…アンモナイトが発見された川へも必ず足を運び、遠く太古の世界に思いを馳せたものです。

その後大学で地質学を学ぶことになる幼き日の息子を優しく見守っていた夫の姿がよみがえり、涙が頬を伝います。

交通事故により車椅子の生活となった夫は、勤務先の暖かな支援を受け、定年まで勤め上げることができました。

大変な時も不平不満を口にせず頑張り抜いた夫には、ただ、ねぎらいの思いが溢れるばかりです。

前向きで何があっても「大丈夫だよ」と、私達が不安にならないよう励ましてくれた在りし日を偲べば、訪れた別れに切なさは募りますが、かの地で安らかにと祈りを込めて見送りたいと思います。

良き面影を胸に残して、平成二十八年二月二十二日、夫□□□□は六十三年の生涯を終え、永遠の旅路につきました。

生前皆様のお力添えを賜りましたことへ、心より感謝申し上げます。

本日の御会葬、誠にありがとうございました。

略儀ながら書状をもちまして御礼申し上げます。

(中略)

尚 本日は何かと混雑に取紛れ 不行き届きの段悪しからず御容赦くださいます様お願い申し上げます

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 通り一遍の書状ではありません。定番となっている見本を改作しただけではありません。本文はオリジナルです。追って書きだけは見本のままのようで、句読点を略してマスを空けた書き方です。

 読んでいるうちに込み上げるものを感じます。文面には、優しさや愛情が充満しています。「今までありがとう」と夫へ感謝する気持ちが会葬者への感謝と共鳴しています。そして、「どうぞ安らかに」と祈りを込めて見送りする心情がひしひしと伝わってきます。

 何かと取紛れるのが通例です。よくもまあ、これだけの表現ができたものだと驚くと同時に感銘を覚えます。

 わが輩がもしも喪主になったら連れ添いをこんな言葉で見送りできるでしょうか。いえ、心情を切々と綴ってみたいです。

 今回の「会葬お礼」はその書き方のお手本です。

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 安らかにお眠りください。

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2016年3月 1日 (火)

「葉唐辛子」(はとうがらし)の佃煮(つくだに)のお土産  葉唐辛子の苦みと唐辛子の辛みが適度に…

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 あの辛い「トウガラシ」ではなくて「葉トウガラシ」? ああ、フライパンで油炒めして母親に食べさせられたアレですな。もう70年も前の子ども時分が思い出されます。

 ええっ、もうそんな歳? そうなんです、超熟年なんです。それはさておいて本題に戻ります。

 浅炊「葉唐辛子」の佃煮をお土産に貰いました。特選老舗の味と銘打ってありますが、栃木県観光物産協会推奨のとちぎ特産品です。冒頭写真がその包みです。

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 佃煮です。葉唐辛子を淺炊きにして佃煮にしているんです。唐辛子の葉っぱです。葉唐辛子には少し苦みがあります。独特の臭みもあります。そのために子どもにとっては取りつきにくい食品の一つです。しかし、油で炒めたら味が変容します。おとなになったらそれが独特の風味となります。

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 原材料は葉唐辛子です。これに醤油と砂糖をごま油で炒め、煮詰めたようです。あ、そうそう、唐辛子を混入しています。ほどよくぴりりとした感触が口に広がります。

 栃木県の戸辺食品(大田原市紫塚)の製造です。

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 熱々のご飯に添えると風味が漂ってきます。独特の甘みが広がります。晩酌には日本酒がお似合いです。葉唐辛子の甘苦い風味と唐辛子の辛みが酒の味を美味くします。

 ありがとう、雅子さん。

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