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2016年2月 6日 (土)

ラグビーの「五郎丸」選手に関係あり? 織田信長朱印状の冒頭にある「五郎丸」とは?

Img_0034

 *

 まあ、びっくりしましたよ、「天下布武」の朱印状の冒頭に「五郎丸」と書かれているんで。五郎丸といえばラグビーでお馴染みの選手です。超熟年のわが輩までもがDVDを手元に置きたくなるほどの選手ですが、冒頭写真はそのパッケージの一部分です。

20160205_2_2

 上の写真がそうなんですが、確かに「五郎丸」と読めますね。織田信長の朱印状の冒頭に毛筆で書かれているんですよ。

 現在(1月2日~2月14日)、林原美術館(岡山市北区丸の内)で『企画展:戦陣に舞う揚羽蝶~池田家草創期~』が開催されているんですが、展示品の中に「五郎丸」の名前が墨書されているんです。『養徳院宛織田信長朱印状』(林原美術館所蔵池田家文書)の冒頭部分なのですが、ちらしの一部をあらためて紹介します。

20160205

***

《五郎丸方与八

 分百五拾貫文

 の事 まいらせ候

 なをきうめい

 て候て申付らるへ

 く候

 かしく 》

***

 これが本文です。

 続いて

《元亀四

 六月十八日 (織田信長)

          (朱印)

 大御ちへ 》

 となっています。

 朱印はあの「天下布武」です。織田信長の朱印です。

 これほどのものを貰った「大御ち」(おおおち)というのはどんな人物なのでしょうか。

 *

 織田信秀には後に信長となる吉法師という男子がいましたが、乳母(めのと)の乳房を噛み切ってしまうほど癇性(かんしょう)が強かったそうです。ところが、池田恒利の妻が乳母になるとその癇性がおさまったと『池田家履歴略記』には記されています。そのために恒利の妻は信秀の信頼を得てのちに「大御ち」と呼ばれるようになりました。

2016005_2

 この大御ちこそは、昨日のブログで紹介した池田恒興(つねおき)の母君です。えっ、恒興? 昨日のブログで紹介した鎧着用の武者です。「信長之遊相手」とされた恒興です。この恒興の母君・大御ちは夫の恒利が亡くなると、落飾して養徳院と名乗りました。織田信長の朱印状はこの養徳院宛だったのです。

 *

 おっとっと、忘れてしまうところでした、「五郎丸」というのは尾張国丹羽郡五郎丸村のことです。現在は愛知県犬山市になっています。先の冒頭部分を現代語訳にしますと、《五郎村のうちでこれまで与八の所領であった一五〇貫文の土地をあなたに進上いたします》ということです。織田信長が池田恒興の母上に所領を与えるという朱印状だったのです。

 まあ、それにしてもタイミングのいい展示ですね。

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*****




 



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