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2016年1月の記事

2016年1月31日 (日)

山道で冬用タイヤがパンクして「JAF」の救援… なんと作業料金は「0円」?

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「あれっ、このショックはひょっとしたら?」

 その予感が当たりました。マイカーの左前輪がパンクしたのです。

 自宅を出てから2㎞くらい山道(県道70号線)を走ったところです。対向車があったらすれ違いができないくらい狭い幅員の場所です。一瞬、茶色の小さな岩石が目に入りました。左山腹からの落石です。

 小雨の降る夕方でしたが、あっという間にそれに乗り上げてしまいました。いえ、はじいたといった方がいいかも知れません。一種独特の感触でした。尋常ではないな、ひょっとするとパンクするかも知れない、そんな不吉な予感がしました。しかし、頑丈な冬用タイヤなので大丈夫と高をくくっていました。

 そのまま1㎞ほど走ったのですが、フロントから異様な音がきしんできたかと思うとハンドルが急に重くなったのです。降車してみると左前輪のタイヤがぺっちゃんこです。

 小雨の中で早速にもスペアタイヤ交換を始めたのですが、ジャッキはあってもそのほかの工具を積み込んでなかったのです。途方にくれました。

Jaf20160130

 そのとき思い出したのが「JAF」です。携帯電話で連絡をして1時間ほど待ったのですが、救援の作業車がやってきてくださいました。チューブレスタイヤなのですがタイヤに穴が開いており、その個所には人差し指が入るんです。こんなことってあるんですねえ。すっかり日が暮れてしまいましたが、探照灯の明かりで手際よくタイヤ交換をしてもらいました。

 作業料金は「0円」でした。ええ、実はJAFに入会しているんです。年会費4000円なのですが、この1回だけでもそれだけの価値があります。

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 しばらくは、このスペアタイヤでの走行を余儀なくされます。おっとっと、このままでは物騒です。

 久々のパンクです。普通だったら起こりえないことが発生したのです。まあ、パンク程度だったらいいとしましょうか。もしも取り返しのつかないことが起こったらそれこそ大変ですよね。

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2016年1月30日 (土)

ジパング倶楽部情報誌の表紙に「角島(つのしま)大橋」のイラスト…

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 あ、これは角島(つのしま)だ!

 ジパング倶楽部の会員になっているんですが、情報誌2月号の表紙を見た途端にそう叫んでしまいました。「角島大橋」のイラストが載っていたのです。制作者は龍神貴之さんです。

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 角島大橋は山口県下関市豊北(ほうほく)町にあります。平成12年に開通したんですが、本土と角島を結ぶ1780mの橋です。

 あれは昨年の6月でしたかね、岡山県自然保護センターの現地研修で角島へ渡ったときの記憶がよみがえったのです。このブログ「おとなの勉強深夜便」で取り上げています。

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 バックナンバーの【2015年6月】をクリックして、6月12日(金)の「日本海に浮かぶ角島と本土を結ぶ大橋が…」をご覧になってください。

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2016年1月29日 (金)

富士浅間神社と「富士塚」の関係は?

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 ああ、なるほど。鳩森八幡神社(東京都渋谷区千駄ヶ谷)の「参拝の栞(しおり)」を読んで、富士山と富士塚の関係が分かりました。

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 《富士山に行けない人のために富士山を模して作られたのが富士塚です。

 東京都の有形民俗文化財に指定されている当社(鳩森八幡神社)の富士塚は、寛政元年(1789)に築造されました。

 富士の山頂には浅間神社の奥宮、山麓には里宮が奉祀されています。

 都内で現存する富士塚では最も古く、今でも多くの人々が「富士登山」をされています。》

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 B4判で三つ折りの栞(100円)でしたが、実に要領よくまとめられています。

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 おお、そうだ、記念の朱印(奉納金300円+台紙300円)はこの栞と一緒に保存しておけばいいな。そんなことがひらめきました。

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2016年1月28日 (木)

千駄ヶ谷の富士塚がある鳩森神社(はとのもりじんじゃ)に妙齢の女性が…

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 千駄ヶ谷の富士塚(東京都渋谷区千駄ヶ谷)の下方に神社が見えます。「鳩森神社」です。

 あれれ、正式名称は「鳩森八幡神社」です。

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 江戸名所図会によると、こんな話があります。

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 昔、この地は深い林だったんですが、あるとき、青い空から白雲が下りてきたので村人は不思議に思っていました。するとどうでしょう。雲が林に下りたその途端に、白鳩がたくさん舞い上がったそうです。そして、西の方へ飛び去りました。村人はこの地に祠をお祀りして、「はとのもり」と名づけたそうです。

 貞観2年(860)の縁起ですが、弘化2年(1845)にはケヤキ造りの荘厳な社殿が上棟されました。残念ながら昭和20年に戦災で焼失し、その後再建を繰り返して平成5年(1993)に昔日の姿に復元されたそうです。

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 あれれ、妙齢の女性が手を合わせておられます。3分以上も経ってやっと降壇されました。

 その女性に思わずインタビューしてしまいました。

「あれ、正面から参拝されるんじゃないんですか」

「ほかの方のお邪魔にならないようにしているんです。わたし、お祈りが長いんでねえ」

 なあるほど、納得。

「ずいぶん長くお祈りされていたようですが…」

「きょう一日を振り返って感謝してるんです。毎日がこうです」

 ああ、なるほど。お見受けしたところ、キャリアという感じです。自営? それとも? 何はともあれ、こんなことを神社で毎日繰り返すとはわが輩のアタマの中ではとうてい考えられないことです。

 ああ、そうか、ひょっとすると「PDCA」(プラン・ドゥ・チェック・アクション)の実践かな。そんなことをふっと思いました。そうだ、それに違いない、そんな余生を送ってみたいなあ。おいおい、いい歳をしてそんな無茶な! いえいえ、まだ捨てたもんじゃありませんよ。

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 参拝を終えた女性は、夕闇迫る富士塚へと姿を消されました。ひょっとすると「はとのもり」の「ハト(鳩)」だったのかなあ。そんな思いがよぎりました。

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2016年1月27日 (水)

富士塚に登るのは女性ばかり?

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 あれれ、千駄ヶ谷の富士塚で出会ったのは女性ばかり?

 そうなんです。金曜日の午後でしたが、女性が一人だけか、二三人連れなのです。

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  石柱や看板の説明にじっと見入っています。何やら語らい合いながら登っています。単なる物見遊山ではなさそうです。

 ひょっとしたら「歴女」? いえいえ、失礼しました。

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 あれれ、2-3歳くらいの男の子が岩石に手を添えて登り始めたではありませんか。その姿を母親が後ろからじっと見つめていました。笑顔です。この子に何かを期待しているのでしょうか。男の子の姿にも女性の影を感じます。

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 1時間余りもゆったりと滞在したのですが、それにしても不思議です。富士塚では十数人ほどの人と出会いました。しかし、男性といえば男の子とわが輩だけだったのです。あとは女性です。それも二十代、三十代がほとんどでした。富士信仰といえば熟年、それも超熟年を連想していましたが、イメージチェンジせざるを得ませんでした。

 あ、そうそう、六十代くらいの女性に出会いました。ちょっと話を交わしたのですが、富士塚の隣に鎮座している「鳩森神社」の記事で紹介することにします。

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2016年1月26日 (火)

どうして江戸市中に「富士塚」が?

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 東京都内には富士塚の痕跡が130ほども残っているそうです。どうして富士塚なんかを作ったのでしょうかね。

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 江戸中期には富士信仰が関東一円に広がりました。それほど富士信仰が厚く、富士山の参拝者が多かったのです。

 しかし、富士山まで出向くとなれば時間的にも経費的にも大変です。そこで、講を組織して代表が参拝していたのです。それが富士講です。天保年間(1830~1844)には「江戸八百八講」といわれるほど富士講が隆盛したそうです。

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 富士山では浅間神社(せんげんじんじゃ)にお参りします。富士のお山に参拝します。やがて江戸市中にも祀られるようになるのですが、富士講の人たちはここに石を積んで人工的に富士塚を築きました。それが富士塚です。富士のお山でなくて、富士の塚です。そして、この富士塚へ定期的に登拝しました。富士信仰が身近な所に根を下ろしたのです。

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 千駄ヶ谷の富士塚は寛政元年(1789)に築造されたのですが、その麓には修復記念碑があります。大正12年(1923)の関東大震災後に塚を修復したという証です。

 この富士塚は、築造当時の旧態をよく留めており、東京都内に現存するものでは最も古いそうです。昭和56年(1981)に東京都指定有形民俗文化財となっています。

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 あ、そうそう、頂上近くには黒ぼくが配されていました。富士山の溶岩です。

 これだったらまさに富士のお山です。富士信仰には欠かせない岩肌です。富士山そのものを手で触ったような気分が味わえたのではないでしょうか。

 なるほど、富士塚によって富士信仰はいっそう身近なものになったのでしょうね。

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2016年1月25日 (月)

「千駄ヶ谷の富士塚」で江戸の富士信仰を疑似体験… 麓には「里宮」、頂上に「奥宮」を祭祀

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 千駄ヶ谷富士塚(東京都渋谷区千駄ヶ谷)にやっとたどり着きました。

 ああ、これが富士塚か。富士山でなくて富士塚です。

 高さは十数メートルほどでしょうか、こんもりと盛った小山です。この富士塚は寛政元年(1789)の築造といわれ、円墳形に土を盛り上げてあります。

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 鳥居をくぐって最初に訪れたのは「里宮」です。山裾に祀られている浅間神社(せんげんじんじゃ)です。富士山にある神社と同じように参拝できるのです。

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 登山道がつけられています。「く」の字形の道には自然石で階段がつけられ、道ばたにはロープが張ってあります。山腹には要所要所に丸石が配置され、土が露出している部分にはクマザサが植えられています。

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 7合目には洞窟がつくられ、その中に身禄像が安置されています。

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 頂上には「奥宮」が安置されていました。思わず手を合わせたくなります。まさに、富士のお山に登った感がします。不思議です。

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 江戸中期以降、江戸市中を中心にして富士信仰が庶民の間に広がっていました。その一端を疑似体験したってことです。

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2016年1月24日 (日)

東京都千駄ヶ谷の鳩森(はとのもり)神社に富士塚が… 

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 江戸庶民は参詣という名目の日帰り旅行を楽しんだそうですが、わが輩はここぞと決めたら狙い撃ちの行楽です。えっ、どこへ?

 もちろん富士詣です。富士山頂上の浅間(せんげん)大社奥宮(山梨県・静岡県)への参詣です。

 おっとっと、そりゃあ無理ってもんです。こんな歳でそんな無茶なことを思っちゃあ駄目です。 

 おっ、そうだ、江戸市中には浅間神社が分祀されて、そこには富士塚が作られていたって話を聞きました。通称「お富士さん」と親しまれている駒込富士神社(東京都文京区本駒込)は富士浅間社を勧請して天正2年(1572)に創建されたもので、寛永6年(1629)に現在地へ移ったそうです。ここへお参りしようかと思ったんですが、富士塚があるかどかの確たる情報は得られませんでした。神社というよりも富士のお山に登りたいのです。冒頭の画像は歌川広重「目黒元不二」名所江戸百景の一部ですが、手前にあるのが富士塚です。

 何なに、千駄ヶ谷の鳩森神社(東京都渋谷区千駄ヶ谷)には富士塚があるって? 東京都が有形民俗文化財に指定しているという話を聞きました。

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 でもねえ、新幹線で東京駅に降り立ったのですが、案内所はありませんでした。駅構内の書店でガイドブックを探したのですが「富士塚」ってのは見当たりません。店員さんに聞いてみたんですが皆目見当がつかないそうです。

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 ええいっ、「千駄ヶ谷」の地名を頼りにして地図をひもといてみました。何と、千駄ヶ谷駅の近くに「鳩森神社」があるではありませんか。『すぐわかる地図 東京23区』(2015年、JTBパブリッシング、税別1100円)を購入して歩きました。

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 JR中央線・総武線千駄ヶ谷駅から東京体育館を左手に見て500mの地点でした。近くには、今話題になっている国立競技場の建設地があります。

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 そして、たどり着きました。鳩森神社です。ここに富士塚があるというのです。胸が躍ります。

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2016年1月23日 (土)

富士登山記念の朱印? 「千駄ヶ谷の富士塚」(東京都渋谷区)に…

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 今は真冬なんですが、東京のど真ん中にある富士のお山に登りました。富士山といっても、「千駄ヶ谷の富士塚」です。冒頭写真は登山記念の朱印です。

 千駄ヶ谷の富士塚? ええ、東京都渋谷区千駄ヶ谷にあるんです。JR中央線・総武線の千駄ヶ谷駅から500mくらいの所にありました。

 富士塚というのは富士山を模したミニ富士です。

 ええっ、わざわざ人工的に富士山を築いたってこと? そうなんです。富士信仰の独特の形態です。

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 上の写真はその富士塚の前に立てられた石柱で、そこには「東京都指定有形民俗文化財 千駄ヶ谷の富士塚」と刻字してあります。


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 富士塚は江戸時代につくられたものですが、東京都内にはその痕跡が130ほどあるそうです。千駄ヶ谷の富士塚は寛政元年(1789)の築造で、現存するものでは最も古いものです。

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 しばらくは、この富士塚を取材します。

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2016年1月22日 (金)

全日本柔道連盟のモットーは「”M""I""N""D"」?

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 ”M I N D” と、赤い英文字が並んでいます。ああ、「こころ」なんでしょうか。

 岡山武道館の鏡開き式に参列したときのことですが、壁面に掲げられた横幕(暖簾)の文字が気になりました。

 あれれ、英文字と漢字とがペアになっているようです。

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 ”M” = 礼節

 ”E” = 自立

 ”N” = 高潔

 ”D” = 品格

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 ああ、そうか、英文字はそれぞれの頭文字なんですな。

 ”M” = Manners

 ”E” = Independence

 ”N” = Nobility

 ”D” = Dignity

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 ということは、

 ”M” = Manners = 礼節

 ”E” = Independents = 自立

 ”N” = Nobility = 高潔

 ”D = Dignity = 品格

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 あれれ、小さな文字が並んでいます。

 「公益財団法人 全日本柔道連盟」

 ほう、柔道連盟ってなかなか洒落ているなと感心します。

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 上の写真は柔道「投の形」です。取は三段・高橋秀明さん、受は二段・松本隼さんです。

 柔道に精進する方々は、「礼節」「自立」「高潔」「品格」の”こころ”を重んじているってことですね。

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2016年1月21日 (木)

1月の写真は『富士飛翔』… 今年は百均の”格安カレンダー”で!

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 あれれ、このカレンダーのスタイルは例年の「おとなの勉強深夜便」のものとは違うって?

 それに気づかれたあなたはすごい! ここ数年は『こころの暦』(相田みつを作品集)YellowHatカレンダーだったんです。月初めには相田みつをさんの含蓄のある”ことばと書”を紹介していたんですが、今年はそれができなくなったんです。

 どういうこと? 実は12月になるとYellowHatで冬用タイヤの交換をしているんですが、今年は暖冬だったので、一ヶ月以上も遅れてしまったんです。毎回交換時にカレンダーを貰っていたんですが、12月20日頃には品切れになってしまったそうです。当然ですよね。ブログには恰好のネタになっていたんですが、残念でした。

 このカレンダーは、ブログ「おとなの勉強…」に登場するばかりでなく、トイレで毎日眺める小型グッズです。さて、今年はどうしようかと思案した挙げ句、百均にぶら下がっているカレンダーを活用することに決めました。108円也のカレンダーを毎日眺め、月初めにはブログで写真を紹介するつもりです。

 遅ればせながら、1月は「富士山」です。いえ、富士を飛翔する白鶴といった方がいいかも知れません。

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 上の写真は山梨県側から眺めた富士山です。ええっとこの湖は富士五湖のうちのどれ? 河口湖のようです。

 河口湖は富士山の真北にある湖です。あれは一昨年の2月でしたか、この湖畔のホテルに泊まりました。湖面の半分が氷に閉ざされている光景は、ちょうどこの写真のようでした。

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2016年1月20日 (水)

備中地域に伝わる古武道にかかる伝統文化親子教室なのに、美作国生まれの「竹内流」(たけのうちりゅう)が登場するとは?

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 あれれ、備中地域に竹内流(たけのうちりゅう)が伝わっていた? 倉敷マスカットスタジアム武道場で竹内流相伝家一門が演武するなんて、こりゃあ変だ、今回の第1回倉敷市武道演武大会でそう思われた方がいらっしゃるようです。特に、大会テーマ「備中地域に伝わる古武道に…」の文言を読むと、「竹内流=備中地域に伝わっている古武道」と勘違いしてしまいます。しかし、そうではありません。竹内流が備中地域に伝わっている古武道だというのではありません。この地域にも門人を通じて竹内流が伝わっていたという意味です。

 竹内流といえば、戦国時代の天文元年に創始された古流武術です。流祖の住んでいた地域は美作国(みまさかのくに)です。当時は「捕手」(とりて)と呼ばれ、腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)などの名称で有名になった武術なんです。冒頭写真は「脇差落手」(わきざしおとしで)で捨て身の回転技をしている場面です。この竹内流が、どうして備中地方に伝えられているのでしょうか。

 その答えはいとも簡単です。竹内流の宗家や相伝家に流儀の手ほどきを受けた人が備中地方にいたからなのです。少数ではありますが、竹内流の門人がいたのです。

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 それは、備中地方だけはありません。竹内流発祥の地である美作をはじめ、備前、備中、備後はもちろん、全国各地に門人が散在しています。上の写真は竹内藤十郞家に伝わる門人帳の一部ですが、播州(兵庫県)、伯州(鳥取県)、淡州(兵庫県)、備中(岡山県)、當郡(久米北条郡⇒美作)、芸州(広島県)、東肥(熊本県)などから来訪して稽古をした様子が読み取れます。嘉永・安政年間のものですが、このように大勢の方々が竹内流を稽古し、その名が広まっているのです。

 ここで忘れてはならないことは、竹内流というのは、竹内家(岡山市北区建部町角石谷)だけが家督相続の形で子から子へと伝承していることです。流儀と血脈を創流以来世襲の形で伝え、師を名乗ることのできるのは竹内藤一郎(宗家)と竹内藤十郎(相伝家)の二人だけです。その師や師範代、兄弟子から門人は流儀の手ほどきを受けるのです。

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 上の写真は、腰廻小具足(こしのまわりこぐそく)の「大殺無外」(おおごろしはずれなし)ですが、宗家や相伝家の手ほどきを受けた門人にはお馴染みの形(かた)です。備中地方でもこのような稽古や演武が行われていたと想像されますが、実際はどうだったのでしょうか。

 今回は倉敷市に招かれ、竹内流相伝家一門が伝統の流儀を披露しました。

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2016年1月19日 (火)

強い冬型の気圧配置で竹内流道場も雪の装いに…

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 あれれ、竹内流道場(岡山市北区建部町角石谷)に雪?

 そうなんです。1月19日朝の道場前は積雪14㎝でした。久々の雪です。日本列島は寒気に覆われてごった返しているんですが、冬将軍は竹内流道場にもちゃんとやって来たのです。マイナス1度の気温をまとっていました。

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 わが家の前庭はすっぽりと雪に覆われています。今年は雪には縁がないと思っていたんですがねえ。庭木にずっしりと積もった雪を眺めていると、やっぱり白い冬景色には心を洗われる気がします。

 おっとっと、今日は岡山へ出向く日です。こりゃあ、大丈夫かなと心配したんですが、家から50メートルほど下の県道は6㎝、3㎞くらい走った旭川沿いの県道は2㎝、7㎞くらい隔てた国道53号線沿いでは路肩に少しの雪が残って路面は通行車両に消されてしまっていました。そして、岡山駅のある地点では雪らしいものは見つけることができませんでした。

 へえ~っ、そんなに違うものなんですか。これらどの地点も岡山市北区です。雪の情況はこうも違うのです。驚きです。

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「だいたい、建部町が岡山市だというのがおかしいんだよ。違って当たり前!」

 岡山商工会議所でおもてなし研修会があったんですが、同じ研修仲間の声です。実に厳しいです。

 自然の情況がこうも違えば地域社会の状況も大きく違っています。岡山駅や岡山県庁、岡山市役所のある地域も北区なんでが、そこから40数㎞も離れた竹内流道場のある山里も北区です。北区はとてつもなく広いんです。片方はいわゆる街のど真ん中であり、一方はイノシシが周辺をうろつきまわる山間部です。何もかもが同じと考えると、当然無理が生じます。同じ北区の中にあっても、積雪14㎝と0㎝の地点では、当然のことながら対処の仕方が違ってきます。

「無理をして出て来んでもええで」

 その声はわが輩の胸に複雑な思いで突き刺さりました。

 まあ、温かい声として受け止めさせていただきましょうか。

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2016年1月18日 (月)

第1回倉敷市武道演武大会で「竹内流(たけのうちりゅう)捕手(とりて)・柔術」を演武…

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 平成27年度文化庁伝統文化親子教室事業の講師を竹内流相伝家十三代目:竹内藤十郎(本名・竹内武夫)が担当させていただいたご縁で、「第1回倉敷市武道演武大会」(1月17日、倉敷マスカットスタジアム武道場)で竹内流の演武を披露しました。

 演武者は、竹内流師範代:竹内秀将、同師範代:神埼勝、同師範代:國政知宏です。演武解説はもちろん師範:竹内藤十郎です。

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 竹内流というのは、一ノ瀬城主:竹内中務大輔久盛が敵から領地・領民を護るために編みだし術技です。戦国時代の群雄割拠の時代ですので、小さな城の主としてはそれが最善の策でした。いわば、護身の術です。

 その術が竹内家(藤一郎家・藤十郎家)に代々伝わっているのですが、創流から485年を経た現在においても、一尺二寸(36㎝)前後の小具足(小刀・しょうとう)を駆使する「腰廻小具足」(こしのまわりこぐそく)は竹内流の中核です。その表稽古25ヶ条・裏稽古の55ヶ条を修得してやっと「達者」(たっしゃ)の域に達するのが竹内流修業の常道です。このあとに、目録稽古や次臈(じろう)、免状(めんじょう)、印可(いんか)などの稽古修業が控えています。

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 当日は腰廻小具足の5本の形を竹内秀将:神埼勝が演武しました。

◆脇差落手(わきざおとしで)

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◆忽離(たちまちはなるる)

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◆清見(すましみる)

◆鴨之入首(かものいりくび)

◆大殺無外(おおごろしはずれなし)

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 引き続いて、羽手(はで)4本と捕縄1本の形を竹内秀将と國政知宏が演武しました。

◆切落(きりおとし)

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◆負投(おいなげ)

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◆見込(みこみ)

◆紅葉狩(もみじがり)

◆大襷縄(おおだすきなわ)

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「気合がすごかったですなあ。気迫に圧倒されました」

 倉敷ユネスコ協会の味野誠会長のことばです。人間社会で薄れかけている精神的なものを目の辺りで拝見した思いになられたそうです。武道や古武道に秘められている奥深い精神を、今後、教育や社会生活に取り入れていくべきであると強調されていました。

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2016年1月17日 (日)

倉敷マスカット球場武道場で文化庁伝統文化親子教室の発表会・第1回倉敷市武道演武大会が…

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 倉敷の野球場に武道場? そうなんです、「星野仙一」ゆかりですっかり有名になった楽天球団がキャンプをはる倉敷マスカットスタジアムには武道場があるんです。この武道場で「第1回倉敷市武道演武大会」(1月17日)が開催されました。昨年夏から開催されていた「文化庁伝統文化親子教室」の集大成としての発表の場です。

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「さきほどの宣誓に感銘しました」

 倉敷市長の伊東香織さんが、演武者代表の肥和田智弥くんの宣誓を称えられました。肥和田くんの宣誓からは武道に取り組む熱意が感じられます。発表にかける真剣みが伝わってきます。特に、大勢の方々への感謝の気持ちをだいじにしています。伊東市長は、その堂々とした宣誓の態度に感動されたのです。わが輩も同感です。

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◆開会式

◆第1部

「竹内流捕手・柔術」

 竹内秀将・神埼勝・國政知宏

「神道無双流杖道」

 河原啓二・河原佳子

「松濤館流秀修館」

 黒崎徹・天羽諒・岡本恭一

「司箭流抜刀術」

 三宅真直・中山人眞

「古武道眞風館」

 中山武・玉井新之佑・六車公男・沼本厚子・石井修一・堀内晴美

ゲスト「エキシビション プロフェッショナル模範試合」

 (ISKAムエタイ世界フェザー級チャンピオン)

 国崇・小椋光人

◆第2部

「伝統文化親子教室」成果発表演武

◆第3部

「日本空手道松濤館流秀修館」少年部

「古武道眞風館」少年部

◆閉会式

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 平成27年度伝統文化親子教室事業に協力してきた流派・団体と講座担当者は…

◆協力流派

 0竹内流捕手・柔術:竹内藤十郎

 0抜刀術司箭流:三宅知章 

◆協力道場

 0神道夢想流杖術岡山杖道会:阪本直哉

 0日本空手道松濤館流秀修館:上野哲夫

 0古武道眞風館:中山武人眞

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「現代の多様な環境の場で武道を通じて身につけたものは、必ず帰属社会で役立てられる人となる」

 これは、備中地方に伝わる古武道にかかわる伝統文化親子教室・倉敷市武道演武大会実行委員会代表の玉井智さんのことばです。

 2016年伊勢志摩サミット閣僚会合G7倉敷サミット教育大臣会合の開催される倉敷に、日本の伝統文化の香りが充満することを祈ります。

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2016年1月16日 (土)

わが家の応接間には四六時中「サル」がちょこんと…その名は?

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 今年は申年(さるどし)なんですけど、わが家の応接間には干支に関係なくサルが居座り続けているんです。

 ええっ、サル? それは縁起がいい! 

 いえいえ、もう三十数年になるかも知れないんですけど、「じろくん」です。四六時中です。一年を通してです。

 何なに、ジロ君? ああ、「反省ざる」のジロ君? 一大ブームを巻き起こしたあのジロ君? そうなんです。ちょっと、後ろ姿を見ていただきましょうか。

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 ああ、なるほど、たしかに「反省」の文字が鮮やかです。思い出しました。「ハンセイ…!」という言葉が印象に残っています。

 「反省ザル」です。当時は流行語にもなりました。その勢いの余りなのでしょうか、わが輩は「反省ざるのジロ君」をそばに置くようになったんです。以来、応接間でお客さんのおもてなしには、下手の主席のそばにちょこんと座っているのです。

「まあ、かわいい!」

 そんな声を戴くことがあります。しかし、ジロ君はそんな声には無関心のままで、ただじっと応接間の椅子に座っているだけなんです。

 あれれ、「反省」の文字は前側のはずでしたが。

 そうなんです。でも、四六時中ご主人様のそばにくっついてばかりいると、「反省」ばかりでは物事が前進しません。そこで、半天の前と後ろを逆さまにしてるってわけなんですよ。だから、平然と応接間でお客様をお迎えできるんです。

 今のわが輩は反省の日々です。この歳になってなんで(なぜ)そんなに謙遜するのかという疑問を抱かれる方もいらっしゃいますが、これが当たり前の心情です。常に、前を見据えているんです。後ろ向きは反省ではありません。過ぎ去ったことからの脱却こそが反省なのです。

 ああ、今年もジロ君、よろしく頼みますよ。

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2016年1月15日 (金)

NHK大河ドラマ『真田丸』第1回「船出」の再放送…

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 1月10日(日)にスタートしたNHK大河ドラマ『真田丸』の第1回「船出」の再放送があります。1月16日(土)午後1時5分(13時05分)~2時3分(14時03分)です。

 長丁場のドラマは最初が肝心です。ウオーミングアップです。いわば、前戯です。一年間をもたせるために最善の努力が注がれています。まして、昨年の大河ドラマ『花燃ゆ』の視聴率の低さから大河ドラマ廃止の声まで出ている昨今です。NHKとしては、この番組で挽回を図るもくろみです。わが輩は何はともあれ第1回だけはテレビにかじりつくことにしています。その再放送があるのです。

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 まずは、登場人物の確認が最優先です。

 次の三人は要チェックです。

 ①真田信繁(真田幸村その人)

 ②真田信幸(幸村の兄)

 ③真田昌幸(信繁・幸村の父)

 名前はまぎらわしいですが、俳優の顔で十分区別できます。ドラマの特徴です。あとは名前をしっかりと覚え、続き柄をアタマに入れておけば一年間はおつき合いができるはずです。これができなかったら、さっぱり分からないドラマとなってしまいます。

 また、戦国時代であることにも注目。

 「武田」「織田」「豊臣」「徳川」といえばアタマの隅っこにある人物や軍勢がちらと浮かびます。そこへ「真田」が登場するのです。

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 さて、アタマの整理ができるでしょうか。

 時は、天正10年2月です。真田家の主君・武田家は織田信長の大軍の猛攻を受けて窮地に陥っていました。あ、そうそう、岡山城の宇喜多直家が亡くなった頃です。

 真田昌幸(草刈正雄・上の写真)は岩櫃城で織田軍を迎え撃つように武田勝頼(平学大)に進言します。しかし、武田家の内部には新参者の真田家を蔑む者が多かったんです。

 そんなある夜、昌幸の息子・信繁(堺雅人)と兄・信幸(大泉洋)のもとに勝頼から驚くべき情報が入りました。信繁らは決死の逃避行に旅立つことになります。これが第1回の「船出」です。もちろん、信繁こそは真田幸村で、兄の信幸とは対照的な性格で演じられていますが、後に大坂方と江戸方に分かれて対峙することになります。

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 おお、第2回が気になります。1月16日(日)午後8時(20時)からなのですが、第1回の再放送どころではありません。次がどうなるのか、真田兄弟はどうなっていくのか、放映が楽しみです。

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2016年1月14日 (木)

「とんど」でお正月の神様・歳徳神がお帰りに…

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 1月15日は「とんど」で、若歳様(わかとしさま)がお帰りになられます。わが家に毎年やって来られる歳神様(としがみさま)・歳徳神(としとくじん)で、冒頭写真のような飾り軸を床の間に掛けてお迎えしております。

 これでお正月も終わり! 一年の初めの行事に区切りをつけて何となく安堵感が漂うのが「とんど」です。

 地方によって「とんど」「どんど」「どんと」「左義長」(さぎちょう)などと呼び方が違うようですし、わが輩の連れ添いの実家は1月14日がとんどだとか。わが家では旧来、1月15日の午前中にお飾りなどを下げ、午後になってからとんどをするのが習わしです。

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 お正月の神様・若歳様をお迎えするのに実にたくさんの品々を用意しました。お寺から戴いた「年(歳)徳善神」のお札を添えた鏡餅や小餅、「蘇民招来守」のお札をつけた注連飾り(しめかざり)、注連縄(しめなわ)、お供えのつるし柿、みかん、お屠蘇(とそ)などです。小餅はお雑煮として共食し、つるし柿やみかんなどは家族一同が新年祝賀の儀でお正月の神様と共食しました。そのほかのお正月関連の品々はとんどの日をもって姿を消します。もちろん、床飾りにしていた若歳様の軸も掛け替えです。

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 このとんどでだいじなことがあります。

 第一は、とんどで燃え上がった火の中に「歳徳善神」のお札を入れて、歳神様をお送りするのです。もちろん、床の間に掛けた若歳様の飾り軸は、火の中に入れるわけにはいきませんので掛け替えです。歳徳善神のお札が燃え上がり、薄暗い夜空に舞い上がってお正月は終わりです。「蘇民招来守」と「水神守」のお札もお供をします。今年もよい年でありますように。

 第二は、とんどの火で鏡餅やお供えの小餅を焼くのですが、その中の一つを「愛宕さま」(愛宕神)にお供えすることになっています。愛宕さまは竹内家が代々祭祀している流祖ゆかりの守護神で、初めて雷が鳴ったときに共食の真似をするのが作法です。実際には、旧暦6月24日の愛宕神祭典の前日までお供えをしています。

 第三は、とんどで出来たお飾りの灰を家や道場の周りに撒いて家内安全などを祈願します。「六根清浄(ろっこんしょうじょう)、無病息災、家内安全…」などと唱えて撒きます。近年は孫娘の土壇場となっています。

 おっ、孫娘がすげえことを口走りました。

 「ロックンロール?」

 おお、今年は明るく元気で、景気がええで。

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2016年1月13日 (水)

申年(さるどし)の「さる」は「マサル」?

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 今年は申年(さるどし)ですが、十二支の動物では「猿・さる・サル」の年です。

 わが家では、お正月に干支の置物を飾っています。冒頭写真がそうです。

 あれれ、お正月だからでしょうか、打ち出の小槌を持っています。小判もあります。縁起がいいですね。

 縁起のいいものがどんどん入ってくればいいんですが、「サル」と言われればちょっと気になります。「サル」=「さる」=「去る」となります。

 ご心配なく! 元々は「マサル」=「まさる」=「魔去る」です。

 「魔」を取り除いてしまう縁起物です。

 ええっ、何なに?

 「マサル」=「まさる」=「勝る」です。

 今年の受験生は、サルに手を合わせればご利益(ごりやく)があるってことですかねえ。そういえば、今年はオリンピックイヤーです。「日本」「ニッポン」「JAPAN」の活躍を祈ります。

 「サル」=「さる」=「魔去る」=「勝る」

 日本語って、融通無碍ですなあ。

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2016年1月12日 (火)

申年(さるどし)の「申」の意味は? ええっ、「呻く」?

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 今年は平成27年、2016年なのですが、干支(えと)でいうと申(さる)年です。

 「さる」といえば動物の「サル」、「猿」を連想しますが、「申」(さる)ってなんでしょうか。申年(さるどし)の「申」の意味を探ってみます。

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 十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の総称です。この十二支の「支」は、木の枝をあらわす漢字です。

 ええっ、「支」が木の枝? そういえば、枝は「木」+「支」です。つまり、十二支というのは、草木が発生し、繁茂し、成熟し、伏蔵する過程を12の段階に分けて名づけたものなんです。

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 では、「申」(さる)にはどんな意味があるのでしょうか。

 申の元の漢字は「呻」で、「うめく」という意味です。つまり、草木の果実が成熟して滋味が増し、締めつけられて固まっていく状態です。この「呻」が「申」(さる)となっているのです。

 ははあ、リンゴが完熟したような状態なんですね。実が引き締まってたら「呻く」とは、いやはやうまく考えたものです。

 ちなみに、昨年は未(ひつじ)でした。未の元の漢字は「味」で、意味は「あじ」です。草木の果実が成熟して滋味が加わりだした状態です。この「味」が「未」(ひつじ)となっているのです。

 へえーっ! 感心しますよ。

 おっとっと、草木の成長にたとえるとすれば、やがて実が成り、また、新しい生命が宿るはずです。となれば、子・丑・寅などのそれぞれの段階には、どのような意味をもたせているのでしょうか。探ってみたくなりますよ。

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2016年1月11日 (月)

小学3年生の柔道「投の形」の演武に感動…岡山武道館鏡開き式

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 いやあ、驚きましたね。岡山武道館の鏡開き式といえば「ぜんざい会」をすぐに連想するんですが、今年は新たな印象が刻み込まれました。子どもが演武する姿です。冒頭写真がそうなんですが、小学校3年生の女の子が柔道「投の形」を演武したんです。

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 1月11日(成人の日)に岡山武道館で鏡開き式が行われたのですが、柔道・剣道の寒稽古の締めくくりの稽古に続いて式典が行われ、

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 皆勤賞の表彰が行われました。

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 その後、弓道「日置當流巻藁前体配」、柔道「投の形」、剣道「日本剣道形・全日本剣道連盟制定居合」、合気道「基本技・組杖・自由技」、なぎなた「全日本なぎなたの形」、空手「空手道の基本・移動・形・組手」、杖道「全日本剣道連盟制定杖道」などの演武が始まったんですが、これらは例年どおりです。見慣れた光景です。

 しかしながら、柔道「投の形」の前半に登場したのは小さな女の子です。プログラムには…

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柔道

「投の形」

 取 小学三年 小池 咲愛

 受 小学三年 伊地知 愛

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 演武するのは小学校3年生です。

 何と、「投の形」を次から次へと演武するのです。

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 「取」は堂々たるものです。柔術・柔道の源流と呼ばれている竹内流(たけのうちりゅう)の奥羽手にある「岩石落」や「鉢投」に匹敵する形を軽々と演武しています。

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 「受」はきちんと受け身をしています。基本を積み上げています。

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 これが小学校3年生だなんて信じられませんでしたが、それが現実でした。

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 あれれ、ぜんざい会の前にお母様と出会いました。お話をうかがって分かったんですが、先ほど紹介した女の子・小池さんと伊地知さんは、昨年の夏休みに竹内流相伝家道場を訪問した吉備柔道スポーツ少年団一行30人の中の二人だったんです。すでに竹内流の実技体験をしたことのある顔なじみです。ぜんざいをほおばる姿はくったくがなくて実に明るいです。

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 よし、これだけできるのであれば、この次の道場訪問のときには、投げ技に続く留め技なども手ほどきしてみようかな、そんな思いがふっとよぎりました。

 日本の伝統文化を受け継ぐ若い世代は目の前ですくすくと育っています。

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2016年1月10日 (日)

NHK大河ドラマ『真田丸』が始まって真田一族に魅せられる年に…

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 おおっ、これは何だ?と思わず惹きつけられたのがNHK大河ドラマ『真田丸』のタイトルです。1月10日(日)から放映が始まったのですが、冒頭写真のデザインは斬新でした。「真田丸」と粘土質の土壁をえぐって彫り描いたのでしょうか。まさにドラマを象徴するアート作品です。

 どうやら今年は真田一族に魅せられる年になりそうです。こりゃあ、胸騒ぎがするがな。

《その1》

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◆ 真田兄弟はどんな運命をたどるのでしょうか。

 主人公は真田幸村(信繁)です。大坂冬の陣では、大坂方の幸村は、徳川方についた兄・真田信之と敵味方の関係になります。このふたりをドラマではどう描いていくのか、気になります。

《その2》

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◆ 番組後のガイド画面にちらと映っていたのですが、上田城(長野県上田市)を訪れてみたいと思いました。徳川の大軍を2度にわたって退け、日本全国にその名を馳せた真田昌幸(真田幸村の父)の居城です。天守閣が目的ではありません。段丘の崖を利用して、敵が簡単に攻め入ることのできないように築城されているようです。戦略・工夫の数々を探ってみたいのです。

《その3》

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◆ 「真田丸」は真田幸村(信繁)がつくった半円形の砦の名前です。いわば、大坂城の出城です。これをドラマでは戦国の荒波に立ち向かう一隻の船にたとえているようですが、なかなか洒落っ気のあるネーミングですね。大坂夏の陣では跡形もなく破壊されたそうですが、その遺跡へ足を運んでみたいという思いに駆られます。

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2016年1月 9日 (土)

切り絵『かぐや姫の昇天』の年賀状に感動…

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 おおっ、こりゃあすげえ! 思わずそうつぶやいてしまいました。元旦のことです。

 実は、冒頭画像のような年賀状をいただいたのです。樋口久雄さんからです。福運招来です。

 毎年、切り絵で賀状をくださいます。今年は『かぐや姫の昇天』(切り絵 久岳作)です。丘岳は樋口さんの雅号です。

 実に細やかな切り絵です。月世界は黄金に輝いています。しなやかに昇天する”かぐや姫”に同行したい思いに駆られます。

 樋口さん、正月早々の感動をありがとうございました。

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2016年1月 8日 (金)

今年の抱負「寒風を斬りて己の邪悪断つ」を年賀状で…

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 武道・古武道関係の方々へ差し上げた年賀状には、今年にかける抱負を盛り込みました。

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 寒風を斬りて己の邪悪断つ

 たけお

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Q:哲学的?

 いえいえ、今の気持ちそのままです。

Q:寒風?

 そう、わが輩の気持ちの中に吹きすさんでいる思いです。その中に「邪悪」があるのです。己だけが感じている邪悪です。今年は「竹内流」(たけのうちりゅう)創始485年の節目を迎えますので、これを機に大掃除をする覚悟です。

Q:大掃除?

 きれいさっぱりにしたいんです。

Q:邪悪の大掃除?

 邪悪の大掃除をするのは高橋英樹扮する「桃太郎侍」です。あのキャラクターは大好きです。

Q:世直し?

 そんな大げさなものではありません。まあ、今年の旧暦6月24日という日は流祖・竹内中務大輔久盛(美作国一ノ瀬城主)が流儀を編み出してから485年目となりますので、これを節目に桃太郎侍の真似事でもしてみようかと思っているんです。いや、その覚悟です。

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 古武道関係者へはこんな賀状で新春のごあいさつをさせていただきました。

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2016年1月 7日 (木)

「おとなの勉強深夜便」読者の皆さんへ申年(さるどし)の年賀状…

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 今年は申年です。

 年賀状には「さる」をあしらいました。

 おっとっと、ひょっとしたらこの猿はわが輩の姿かも知れません。

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 傘寿を迎えました

 童顔のせいか十歳以上も若く見られますが

 アタマとカラダは歳相応以上です

 岡山北ふれあいセンターで筋トレを始めたら

 体調がよくなるのを実感しています

 よき一年でありますようお祈りいたします

   平成二十八年 元旦

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 まずはブログで新年のごあいさつを申し上げます。

 本年もよろしくお願いいたします。

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2016年1月 6日 (水)

「おとなの勉強深夜便」の再スタート!

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あけましておめでとうございます

 

 平成28年、2016年、申年です。

 新しい年を迎えて「おとなの勉強深夜便」の再スタートです。

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 昨年10月12日に発信してからブログ「おとなの…」は途絶えていました。パソコンが故障したのでそのままにしていたのです。

 そのうちに新しいパソコンに買い換えたのですが、ソフトが消えてしまっているので途方にくれました。しかし、ブログを休養せよとの神のお告げと割り切りました。

 しかし、ほかのソフトもゼロ状態です。そこで、1万6千円 少々を投資して前のパソコンからデータを取り出し、何とかソフトを立ち上げることに成功しました。その中にブログも含ませました。無駄な浪費のようですが、これがわが輩の生きがいです。とほほ…。でも、これでにっこり!

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 再開のきっかけはいとこ宜廣からのコメント(1月4日)です。

 再掲します。

10月12日の「岡山城天守閣前広場で宇喜多秀家最期の地・八丈島の「八丈太鼓」や「樫立踊り」を披露」の記事から『大人の勉強深夜便』が停止状態。気になり昨年11月4日武夫兄さんに電話すると「パソコンの調子が悪くへたっており、今度はPCを新しく購入し、ソフトも初めからやり直し」の状況で停止理由が判明。最初周子姉さんと長期旅行に行っているか若しや入院でもしているかと心配しましたが、電話の声も元気そうで一安心。
しかし、「大人の勉強深夜便」が何時再開するのかと思いながら年明けでも休止の状態。
11月4日からアクセスして頂いている深夜便ファンのアクセス回数は、11月4日は515,592回、12月1日は519,383回、16日は521,364回、21日は521,983回、今年1月4日は523,550回。平均すると130回/日とすごいアクセス回数。皆さんの中にはご心配されている方もいらっしゃるのではと思い、『停止の理由』を送信する事にしました。もう暫らくすれば再開されると思いますので、その時を楽しみにお待ち下さい。/宜廣

○あ、あ、あ、あ、あ…

 ブログを発信していなのに一日130件のアクセスとは驚きです。

 読者の皆さん、ほんとに申し訳ありません。発信していないのに三ヶ月の間ずっと訪問し続けてくださった方がいらっしゃるんですね。ありがとうございます。

 従来どおり、深夜22時~25時になったらブログを発信します。

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 「たかがブログ されどブログ」

 今日現在52万3千件あまりのアクセスです。ありがたいことです。

 さて、どのくらいまで続けられるでしょうかね。

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