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2013年9月25日 (水)

紅く燃えるようなヒガンバナ(彼岸花)に少年時代の郷愁が… 俳句「じいちゃんと呼んで…」

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「あれからもう…」

 墓参道の傍らに咲くヒガンバナ(彼岸花)を見るたびに中学2年生の頃を思い出します。もう数十年も前のことだったなあと感慨にふけるんです。

 祖父が亡くなったのは私が中学1年の1月末ですが、その年の秋の彼岸に墓参をしました。そのときに私がとった行動が俳句に残っています。当時は「俳号」なんてありませんでしたので、現在の「号」で紹介します。

  じいちゃんと

  呼んで手向ける

  彼岸花

    たけお

 句の光景が想像できますでしょうか。

 実は、お墓に咲いていたヒガンバナを手で折って、祖父の花筒に手向けたのです。祖父の顔を思い出しながら手を合わせました。口の中で小さく「じいちゃん」と呼びました。まだあどけない少年だったのでしょうかね。

「おいおい、いっぱい咲いとるのにお供えかあ」

 父の声でした。一瞬、何のことか分かりませんでした。

 しばらくして、いや、そんなには時間が経っていないはずなんですが、はっと気づくことがありました。何と、墓地にはヒガンバナがたくさん咲いていたのです。わざわざ祖父の墓に手向けなくても、墓前にはヒガンバナがあふれていました。

「ああ、そうだった!」

 そのときに初めて自分の行動が何だったのかに気づきました。紅く燃えるようなヒガンバナに心惹かれ、これこそ大好きな祖父に捧げるべきだと思ってとった行動でした。しかし、それが恥ずかしいと感じたのです。

 あごから耳の方へかけて顔がほてったのを今でも覚えています。無言のまま、その場を静かに立ち去りました。

 それ以来、墓前にヒガンバナを手向けることはありません。それどころか、墓地にあるヒガンバナを根絶やしにするようになりました。今では、周辺にヒガンバナが咲いていても、墓地には咲いていません。いや、咲かせていないのです。

 それでも、あのとき祖父にヒガンバナを手向けたときの感覚は残っています。真紅の燃えるような花は「じいちゃん」(祖父)が大好きだったのです。「キツネ花」だとか「しびと(死人)花」だとか、孫に話を聞かせた花なのです。

 ああ、そういえば、あのときの祖父の歳はもうとっくに過ぎているんだなあ!

 *

 

 

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