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2013年8月 4日 (日)

岡山弁むかし話『津山30人殺し事件』第1幕… 犯人・都井睦雄のおいたちは…

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 むかしむかしのこっちゃ。いうても、わしが生まれたばあじゃけん、もう七十何年もめえ(前)のこっちゃ。

 岡山県の加茂いうたら鳥取県にちけえ(近い)とこじゃけど、あ、今あ(今は)津山市に合併しとるんじゃが、都井睦雄いう男がおってな。この男がでえれえわりいことうしたんじゃ。

 おっとっと、このはなしゃあ、小せえ子どもにゃあせんようにしてえよ、きつすぎるけんな。

 けえから後は都井睦雄のことう(ことを)”都井”とか”睦雄”っと呼び捨てにするけんな。そりゃあ、わりいことうしたんじゃもん。せえから、この呼び方はこの話のことだけじゃけん、これえてえな。

 *

 中国山地に春がやってきたばかりの頃じゃが、倉見部落の百姓家に元気な男の子が生まれてのう、「都井睦雄」と名づけられたんじゃ。3つ年上の”おねえ”(姉さん)がおったんじゃが、男の子が生まれたいうんで、でえじに(だいじに)育てられたそうな。

 じゃあけど、睦雄が二つ(数え年の2歳じゃけん満1歳)のとき、”おとう”(父親)が肺病(肺結核)で死んでしもうたんじゃ。わりいことに、次の年にゃあ”おかあ”(母親)も肺病で死んでのう。

 ”おとう”も”おかあ”もおらんようになったんで、”おとう”方の”おばあ”(祖母)「いね」が睦雄を”おねえ”と一緒に育てることになったんじゃ。

 睦雄が6つになったとき、”おばあ”が古い大きな家を買うてのう、貝尾部落に移り住むことになった。こかあ(ここは)「いね」の里なんで、生まれ育ったとけえ(ところへ)永住しょうと思うたんじゃな。

 西加茂尋常小学校へ入学した睦雄は勉強がようできゅうったそうな。成績抜群で、学級長や総長をやっとったんじゃと。

 じゃあけど、体はあんまりがんじょうじゃのうて、一年のうち3分の1くれえは学校を休んどったそうじゃ。

 そねえな睦雄じゃったけど、”おばあ”の「いね」は睦雄をでえれえかわいがって(溺愛して)のう。ちいとでもアタマがいてえ(痛い)いやあ(いえば)学校を休ませとったんじゃ。3日も4日も続けて休むなあざらじゃったそぅじゃ。そねんことう(そんなことを)しとったら仲のええ友だちはおらんようになってしもうてのう。せえで、家で”おねえ”とお手玉をして遊んどったんじゃと。

 尋常小学校の高等科へ進んだ睦雄は、あいかわらず勉強がようできてのう、成績がえかったそうじゃ。せえで、担任の先生から中学校や大学へ進学するよう進められたんじゃ。睦雄は喜んでのう、県立岡山第一中学校を志望したんじゃと。岡山じゃ名門の中学校じゃ。

 じゃあけど、”おばあ”の「いね」が反対したんじゃ。睦雄が岡山の中学校へ入学したら寮生活をするようになるけん、さびしいけんな。

「おばあの言うようにすらあ」

 睦雄は”おばあ”の気持ちをくんで中学校進学を諦めたそうじゃ。

 尋常小学校高等科を卒業した睦雄は16歳になったんじゃが、家でごろごろするようになってしもうた。肋膜(ろくまく)を患ってのう、家でゆっくり休んどれえとお医者さんに言われたそうじゃ。

 そねえな睦雄じゃったんじゃが、”おばあ”は嬉しゅうてかなわなんだんじゃと。孫を”ネコかわい”する”おばあ”を連想してしまうがな。

 睦雄が18歳のときじゃった。ただひとりの友だちじゃった”おねえ”が嫁に行ってしもうたんじゃ。相談相手がおらんようになってしもうた睦雄は、本を読んだり小説を書いたりして気をまぎらしとったんじゃと。

 そして、20歳。徴兵検査があったんじゃ。睦雄は丙種合格! ありゃりゃ、こりゃあおえんがな。甲種合格と乙種合格はほんとうの合格なんじゃけど、丙種合格はほんとうは不合格なんじゃ。肺病じゃけんおえんことになったんじゃと。

 睦雄はでえれえショックを受けてのう。そりゃあ当時はええ体をこしれえて、お国ために兵役につくことが男の本懐いう時代じゃったもんな。

「わしゃあ、おとうやおかあとおんなじ肺病かあ」

 睦雄は自暴自棄になってしもうたんじゃ。

 この頃から睦雄は”おなご”(女)に手を出すようになってのう。同じ年頃の”おなご”と睦んだり、その”おかあ”(母親)と睦んだりしたそうじゃ。ゼニを持って娼婦がよいもしたんじゃと。

 なんで、そねえなことが分かるんだって? そりゃあのう、事件後の証言や遺書に残っとったんじゃ。

 睦雄が特に意識しとったなあ◎子じゃなあ。以前から睦んでいたんじゃけど、「お国のためになれんような肺病患者が…」と悪口を言われたことに腹がたってのう。ほかにも関係しとった●子や■子は黙って嫁に行ってしまうし、やるせのうなってしもうたんじゃ。

「級長、総長までやったわしが何で侮辱されにゃあおえんのんなら!」

 ”おなご”にそっぽを向かれたら男は怒るんじゃな。とうとう、睦雄は堪忍袋の緒を切らしてしもうたんじゃと。

 *

 えれえことになってしもうたぞ。

 ここらへんで、”しょうべんげっちょ”じゃ。続きゃあ、またなあ。

 *

 

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コメント

丹後住みですが以外と話し言葉が似てますね。〜じゃ、はないけど。この事件について家族内の世代間の欠落は個人を無秩序無法な行動に駆り立てるのでは、という自説を持ってます。両親があってそのアンチテーゼとして祖父母の存在があり、それぞれがあって個人の行動の秩序が保てるのでは。

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